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第三話

 

 

目が覚めたら、病院か自分の部屋。

なんて、そんなこともなく。再び私が目を覚ますと、ついさっき見たボロい天井だった。


ただ、さっきと違って、天井の他にいくつかの顔が私を見下ろしていた。驚いたように目を丸くしたり、くしゃりと顔を歪めて目に涙を浮かべたり。知らないはずなのに、私はこの人たちの事を知っている。愛梨としてではなく、エレナとして。

そう思った瞬間、まず先に思ったのは(やっぱり私死んじゃったんだなぁ)という、まるで他人事のような感想だった。

まだ夢から覚めていないのかもしれない。その可能性はあるけれど、何故か私は自分が死んだと、確信していた。

そう長くは無かった人生だけど、そこまで後悔だらけでもない。ただ、咲華を残してしまった事だけが、どうしても気がかりだった。お別れぐらい、言わせて欲しかったなぁ。


「エレナ、大丈夫?」

「エレナっ」

茶色の柔らかそうな髪を腰まで伸ばした女の人と、ボサボサの短い髪をした男の人。エレナにとってのお母さんとお父さん。

橘愛梨がエレナになってしまい、エレナの体は私の意思で動かしている。かと言って、エレナが消えてしまった訳ではなく、エレナと私が混ざりあって一つになってしまった感覚。

だから、目の前の大人二人を見た瞬間、私はホッとした。両親だと思えた。


「お父さん…お母さん…」

「頭はどうだ? ランスがお前が頭を抱えて痛がってると教えてくれて、慌てて戻ってきたが…まだ痛むか?」

「…ううん、痛くないよ」

「本当に?」

「うんっ。ほら、元気だよ」


心配そうに見つめる両親にもう大丈夫だと笑って見せても、その顔は晴れることがない。ならばと、ベットから起き上がり床をジャンプしてみせると、今度は優しげな顔立ちをしたお母さんが目を丸くする。お父さんは何故か苦笑いしてたけど。

「ほんとに大丈夫そうだけど、今日は様子をみて大人しく寝てろよ。先生も原因が分からないって言ってたからな」

「はぁーい」


その言葉に口を尖らせてベットに戻る。盛大な溜息をつかないでほしい、父さんよ。

そんな私に、口元を手で隠して笑うお母さんの背後で、扉がそろりと開かせていく。何だ?


「おーい、大丈夫か?」

「おぅ、ランス。エレナなら今目が覚めたとこだ」

顔だけ出したランスにお父さんが手招きしてやると、ランスが心配そうな顔をして近づいてくる。まるで、怯えている子犬のような感じ。子犬ってほどランスは小さい体じゃないんだけどね。私にはそう見えてしまったのだ。


「心配かけてごめんね?」

「かなり痛がってたからどうなるかと思ったけど、顔色も悪くないし大丈夫そうだな」

「うん」

「ただ、今日はこのまま寝かせるつもりだ。ランスには悪いが、朝市一人だけど任せてもいいか?」

「もちろん、任せてくれっ」

私の様子にホッと顔を緩めたランスは、お父さんの言葉に大きく頷く。


 我が家は小さいながらも、前世の八百屋のような店を運営していた。融合した記憶を探ってみれば、馴染みの野菜から見たことのない野菜が、小さな店の棚に並べられている。

お父さんが、朝日が上がる前から庭に作られた畑で育った野菜を収穫し、お母さんがそれを選別。そして、私がランスと共に三日に一度開催される朝市へその野菜を売りにいっている。朝市から帰れば、既に作られている朝食が待っていて、家族三人とランスで食べ始めるのだ。

それから、両親はお店を開店して、私は家の掃除に取りかかかる。ランスは我が家の隣にある小さな自宅に戻り、同じように掃除をして、昼食になるとまたこっちへやってくる。


ランスは二年前まで、母親と住んでいた。短く切られた黒髪で、線が細く綺麗な人だったのを覚えてる。流行病で亡くなってしまったんだけど。ランスの今後をどうするか両親とランスが話し合った結果、我が家の隣が丁度空き家になったからと、そこにランスが住むことになった。

大家さんが気のいい人で、家賃を格安にしてくれた。ほんと良い人よね。悪人ヅラしてるけど。


元から店を手伝ってくれてたランスはそのままうちで働くことになった。三食付きで給料も出る。前世だったら、かなり優良な職場じゃなかろうか? まぁ、朝早すぎるとは思うけどね。


「無理しないでね?」

「今日は獲れた野菜少なかったから、そんな時間もかからないだろうし、心配すんな」

はぁぁぁ、少年とも青年とも言えない危うさで、満面の笑みは破壊力が凄い。融合する前のエレナは、この笑顔を見ててもまだ、恋へと変化させていなかったけど、今の私には眩しい。咲華ちゃんの笑顔並みに眩しい。この世界にサングラスってないものか…


そんな事を考えていたら、それじゃぁの声に顔を上げる。気づけばランスは既に部屋を出ていて、お母さんが私の髪を撫でてから出ていく。


一人きりになって、静かになった部屋を改めて見回してみる。目覚めた時ボロいと思ってた部屋も、こうなれば慣れ親しんだ我が城。エレナは可愛らしい雑貨よりは、落ち着いたものが好きだったのかな? 机や棚に置かれているインテリアのセンスが渋い気がする。

死んでしまってゲームのヒロインに転生してしまった驚きと、二人分の記憶の共有は思った以上に体や脳を疲れさせていたのかもしれない。

寝転がり上掛けを肩まで引きあげ目を瞑れば、あっという間に眠りの世界に引き込まれていった。

 

 

 

 私がこの世界での生活を始めて一週間。

生活は前世とそう変わらなかった。お金の単位が円じゃなくてベルツになってたけど、硬貨と紙幣の価値は同じ。食べ物の名前も、施設の名前も、前世と殆ど同じ。トマトがトモトだったり、銭湯が湯所(ゆじょう)と呼ばれてたりと、ちょっと違うぐらい。

反映されてるのか定かではないけど、このゲームを開発した人達がそこまで拘ってなかったのかもしれない。手抜きな気もするけど…

ただ、第二の人生を快適に過ごせてるのは、エレナのこの容姿と体のおかげだと言える。

愛梨としての人生は小学生の時をピークに、後は下降していくだけだった。太い体は動きを鈍くしていて、何をするのも面倒だと思わせた。そこを色々フォローしてくれたのが、咲華ちゃんだったんだけどね。


だから、身軽なこの体は最高で、動くことが楽しくて仕方ない。融合して寝た次の日、はしゃいで家の中や庭、町の中を走り回って、皆にまだ悪いんじゃないかと心配させてしまった。申し訳ない。

エレナはヒロイン故、整った顔をしてる。前世の自分に不満が無いとは言ったけど、やっぱり自分に自信が持てる見た目は、気持ちの部分を強く、軽くしてくれる。


「今日も完売したな」

「うん。まさかあんなに早く売り切れるとは思わなかったけど…」

あはは、と笑いながら朝市のテントを片付ければ、ランスが私の手から骨組みを取り上げて、パパッと片付けてくれる。お礼を言えば、爽やかな笑顔で気にするなと答えてくれるんだけど、どうしてランスは爽やか笑顔の大安売りをするかなぁ… しかも、さり気ない気配りも出来るとか、完璧イケメン君じゃないのっ。

攻略対象になるのも頷けるってもんよね。


「あれじゃないのか、エレナのあの掛け声」

「掛け声?」

何のことか分からなくて首を傾げたら、ランスがちょっと声を高くして「さぁ、いらっしゃいらっしゃーい、新鮮だよー美味しいよー今ならオマケ付けちゃうよー」と、悪戯っ子のような顔をして私を見る。

ん? これは私のモノマネでもしてるのかな? 似てない、20点。


「え? それが原因?」

いやいや、まさかそんなはずないでしょ。この掛け声は、前世の私が短期でバイトをしてた時に得た、販売術の一つ。魚屋さんの女将さんがこれまた元気な人で、商店街の真ん中に構えた店先で放つ声は、端から端まで聞こえてたんじゃないかと思う。それ程、女将さんの声は大きかった。

大らかな人で、優しい人。恥ずかしさに声が出せず、女将さんの声に私の声が掻き消されたりしたけど、接客の仕方や話術も教えてくれた。それが今、生きているんだろうな。

なんだか女将さんを褒められた気がして、顔が緩んでしまう。


「それ言い出してから売れるの早くなったと思うんだよな」

「そうなの、かな? ふふ、ありがとう」

「おう。ところで、どこで覚えたんだ?」

「えっ、ひ、秘密〜」

私がお礼を言うのが不思議だったのか、ランスが目を丸くしたけど、すぐにまた笑って袋にしまったテントを肩に担ぎ上げた。前世で覚えたもの、何て言えるわけないから誤魔化してみる。引きつってるだろう私の顔を見られないように、ランスの前を歩く。


今日の朝食は何かな? ランスとそんな他愛無い事を話しながら歩けば、二人の腹の虫が空腹を訴える。朝市の仕事はいい感じに体も動かせて、朝市がない日より朝ご飯が美味しいって思えるから不思議。


「卵は昨日使い切っちゃったから、卵焼きはないんじゃないかな?」

「やっぱそうだよな…」

「そんな落ち込まなくても…ほんと卵焼き好きだね」

「三食卵焼きでもいいっ」

「はいはい、私は嫌」


ランスは一緒に食べるようになって出された卵焼きが気に入ったのか、すっかり大好物になっていた。しかも、お母さんの作る卵焼きがいいらしく、前にお母さんが体調を崩して私が作った時、ランスは隠しもせず顔を顰めたのだ。怒りを爆発させた私は、三日ランスと口をきかなかった。あの頃の私は若かった。いや、今も若いんだけどね。

卵焼き嫌いじゃないけど、三食出されるのは遠慮願いたい。無理、絶対飽きる。


 


目の前の角を曲がれば、我が家はすぐそこ。

と、やけに人の話し声が大きいし多い気がして視線を前に向ければ、大人や子供達の背中が並んでる。ランスと顔を見合わせて大通りに出れば、目の前を豪華な馬車がゆっくりと通り過ぎていく。


王家の紋章だ。そう私が何の気なしに思ってると、馬車の窓から外の景色を見ていた人物と目があった。

薄紫の瞳と視線がかち合う。僅か数秒の交わりに、私はどっと冷や汗をかいた。


「お、おうじ…」

「だったな。こんなとこ通るなんて、なんの用事だったんだ? あれ、馬車が止まった」

掠れた私の言葉に何の異常さも持たなかったのか、ランスが呑気な口調で同意する。さぁ? なんでもないように返事をした私は、足早に動きだす。見物人の背後を、まるで見つからないように隠れて進む。


私がエレナとして転生し、一つ心に決めた事がある。

ここが本当にあのゲームの世界なら、きっと私は魔法学園にいくことになる。そして、攻略対象の誰かと恋に落ちて、ゲームのエンドを迎えるんだろう。


だけど、今の私には攻略対象と恋をする何て考えは全くない。何故なら、私はリリアンヌと仲良くなりたいと思っているから。

リリアンヌは、攻略対象とエレナの仲に嫉妬したりして悪役令嬢になっていく。だけど、それでは私はリリアンヌと仲良くなることは出来ない。平行線のままだろう。

そう考えれば、自ずと答えは導き出される。攻略対象と親愛を深めなければいいのだ。何て簡単。


セルバルートを進めていくと、狩に出かけた帰り道、セルバの思いつきで街道を通ろうとする。普段はもっと警備が十分な王道を通っているのだけど。その時、セルバは流れる景色の中に、エレナの姿を見ていた。ラストでその時から一目惚れをしていたのだと、告白する。


まさにこの時の事を言ってるのだろう。なるべく接触を避けたかったけれど、王族の気まぐれではいつ馬車が通るのかなんて、平民のエレナでは分かりようがない。これは仕方無い結果に終わってしまった。

だけど、挽回の方法はいくらでもある。結果を知っているから、様々な対抗策が取れるのだ。


ランスの「馬車が止まった」を聞いて、これ以上セルバとの接触を持たないために「おい、エレナ?」と背後から聞こえる声を無視して、私は中腰競歩の速さで家の中へと駆け込んだ。

はふうぅぅ。額の汗を腕で拭ってれば、朝ご飯の支度をしてたお母さんと目があった。


「お帰り、エレナ。何かあったの? 外がなんだか騒がしいけど」

「ただいま、お母さん。…第一王子が馬車でそこを通ってるから、皆物珍しげに見てるみたい」

「へー、そう」


柔らかく笑んだお母さんが、首を傾げる。現状を伝えれば、対して関心が湧かないのか、お母さんの言葉はどうでも良さげな感じだった。あれ? 内心お母さんの態度に同じように首を傾げれば、私の後ろの扉が開かれる。


まさか、王子が来たんじゃ無いでしょうねっ。鬼の形相で後ろを振り返ると、そんな私の表情に固まったランスが立っていた。その後ろに誰もいない事を確認した私が、開けっ放しにしたままの扉を閉めるようランスに言うと、ビクッと体を揺らして慌てて扉を閉める。外側から開かれないように暫く睨みつけてたけど、どうやらその気配はない。

盛大なため息を吐き出した私は、これでもかと目を見開いたランスと目があった。


「ど、どうしたんだ?」

「何もないよ」

「いや、だってお前…」

「な ん で も な い よ」

「……」

無表情に無理やり笑顔貼り付けた私の顔に、ランスは黙り込みそれ以上は何も言ってこなかった。エレナは話さないと言ったら本当に話そうとしない。幼馴染のランスはそれを知っているから、諦めたのだろう。わざとらしく肩をすくめてみせたのが了解の合図だ。


「エレナもランスも、もうご飯できるから手洗ってきなさい」

「はーい」

「はい」

お母さんがテーブルに食器を並べながら、早くしなさいと促す。二人頷くと、ランスはテント片付けに倉庫へ。私は売上金をお父さんに渡すために動き出した。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「おい、さっきここに居た娘は?」


止まった馬車から降り立ったセルバは、制止を求める護衛の言葉に耳を貸さず、迷う事ない足取りで目的の場所へと足を向けた。エレナがセルバと目があった場所へ。

近づいてきた王子の端正な顔に見惚れていた女は、王子の問いかけに答えられなかった。自分の後ろに誰が居たかなんて、目の前の王子が乗る馬車を見ていた女に分かる筈がない。

困ったように隣の友人や逆隣に居た見ず知らずの人に視線を向けても、首を横に降る。


「申し訳ありません…」

尻窄みに小さくなる声。

「いや、いい」

そう言いながらも、王子は眉間に皺を軽く寄せる。


「兄上。いきなり馬車を止めるなど、どうされたんですか?」

窓の外を見ていたセルバが小さく声をあげたのを、レイハンは聞き逃さなかった。次いで、馬車を止めるよう指示し、何も言わずに降りていくセルバの背中を追ってきたレイハン。顔を覗き込めば、思案顔をしている。


「いや、何でもない。悪かったな」

女に軽く手を上げてみせたセルバは、サッと身を翻して馬車へと戻っていく。

顰めっ面を隠そうともしない護衛に苦笑いしながら馬車へ乗り込めば、カタカタと小さく揺れながら動き始める。


「……見つけた」

「何をですか?」

セルバの言葉に素早く反応したレイハンの問いに、セルバはただ笑ってみせた。

  

 

 





ここまでお読みくださりありがとうございます!!

思ってるより話が進まない…何故だ…


作業BGM:Thinking Dogs【愛は奇跡じゃない】

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