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7ダイス目 如月彼岸

『それで、この後どうするんだい?時間はもうすぐ夜になるけど』


(もうそんな時間なのか)


 思えばかなり濃密な一日だったな。起きたと思ったら知らない天井で、この家を探索した後外に出て、レッドワーム潰したらニャルが出てきたり、家に戻って下着云々があって……。本当に、どうしてこれだけで一日経つんだってぐらい濃厚な一日だったな。


『キミが起きたのが15時ぐらいだったからじゃないかな』


(マジかよ)


 俺って目覚ましが無いとこんなに起きられないのか。15時って、12時間睡眠だぞ。二度寝した訳でもないのになんで寝続けられるんだ。自分にびっくりだ。俺が起きたときから見てるニャルにもびっくりだが。


『それで、お腹は空かないのかい?』


(そういえば)


 言われて初めて腹が減った。今日何も食べてない。この家に食料は用意されてなかったし……


(されてないよな?)


『何を疑っているんだい?ないよ』


 下着を盗むことには力を入れて食料を用意しないってどうなんだろう。


『下着だけじゃない。その時着ていた服一式だよ』


(悪化してるから。そっちの方がダメだから。そっちの方が正しいんだけど)


 着ている服一式を盗むなんてどうやったらできるんだか。


『簡単なことだよ。忍び寄って剥がして』


(聞いてない、聞いてないから。それに普通は剥がせないから)


 これ以上考えてちゃ(らち)が明かないな。さて、本題だけど、食べ物どうするか。空腹がかなり深刻になってきた。


『今日は果物でも食べて凌ぐといいよ。ここから10分ぐらいで行ける範囲に果物が生る木の群生地帯があるから』


(なんだいきなり。まともな意見なんて珍しいな。裏がある気しかしないぞ)


『酷いな。ボクだってキミが野垂れ死んだら困るから素直に助言してあげたのに。こんな言われようだと流石のボクでも悲しくなるよ』


(結局は打算かよ。一瞬同情しかけたぞ)


『シクシク(棒)』


(棒は自分で言うものじゃないぞ。あとかっこをどうやって発音した)


『アザトースの名前を正しく発音できるかい?A』


(オーケー、理解した。だからその先を言うな。POWが削れる)


 はぁ、スムーズに脱線した。これは話を聞くよりも行動した方が早いな。


『奇遇だね。ボクも同じ考えだよ』


(なら素直に話せよ)


『おかしいな、先にボクを疑って素直な意見をはね飛ばしたのはどこの誰かな?』


(…………)


 さあ、先を急ごう!





(という訳でニャル、案内してくれ)


『そこから左にまっすぐ進んだ森の奥の方だよ』


 場所は移り玄関前。ニャルに言われた通りに歩き始めたところだ。空は先程よりも赤みがかっていて、光舞い散るこの空間もより幻想的に見える。


『森に入っても曲がらずにまっすぐ。そうすれば最短距離で着くよ』


(わかった)


 時折直進の邪魔になる木を避けながら歩いていく。1分ほど歩くと、周囲に漂っていたホタルのような燐光がパッタリと無くなる地点があった。


(どうしてここから光が無くなってるんだ?)


『家から一定距離離れたからね。この光が無くなることを心配してるなら安心していいよ。ボクが消そうとしない限り消えないから』


 要するにあの家にはニャルが何か細工をしてるから近くには光が溢れているということらしい。


『理解が早くて助かるよ』


(そりゃどうも)



 その後もずっと歩いた。時間にして5分ほど。辺りを舞う光が無くなったのと空が暗くなったので、周囲はだいぶ暗くなってきた。急がなければ完全に日が暮れそうだ。


『……おかしいな』


(ん?どうしたんだ?)


『いや、なんでもないよ。それより少し右にずれてるよ』


(おっと、いつの間にずれてたのか)


 そうしてニャルに道を修正されながら歩くこと10分。マングローブの木のような細長い木が群生する地帯に出た。マングローブには瑞々(みずみず)しい梨のような実がいくつも生っている。


(ここって湿地帯な訳じゃないよな)


『マングローブは正確には塩性湿地の森林のことだけど、湿地ではないね』


(へー)


 ニャルに補足を加えられつつ、早速収穫を開始する。一つ一つが大振りで、2個もあれば充分に満腹になりそうだ。とりあえず取っておいて損は無いので何個も手に取り空間収納で収納していく。


『やっぱりいなくなってる……』


(どうしたんだ?さっきから変な感じだけど)


『いや、なんでもないよ』


 テンプレートかって感じるぐらいさっきと同じ言葉が帰ってきた。本当にどうしたんだろうか。ニャルらしくない。



――聞き耳――

50>1d100→43

成功



 梨を収穫しているだけなのに、突然聞き耳ダイスが振られ、そして成功した。途端に耳が冴えてくる。新たに聞こえるようになった音の中から、一つの音を聞き耳が拾った。


 それは足音。土の上だからとても小さな音になっているが、間違いなく何者かがこちらに近づいてくる足音だった。俺は咄嗟に木の陰に隠れる。


『……聞こえるかい?』


(ああ。誰かが近づいてくる。強制ダイスが振られるぐらいだから、警戒すべき対象だろ?)


『本当に理解が早くて助かるよ。足音の大きさと間隔から予測するに人間の女性だ。そして、今のキミでは敵わない実力者なのは確定している』


(女性?ならなんとかならないのか?)


『ならない。ここにいたはずのショゴスがいなくなった……倒されてるからね。ショゴスを倒したのは間違いなくこの人間だよ』


(聞き捨てならない単語が聞こえたけど今はひとまず置いておこう。で、どうする?)


『どうするもこうするも、逃げの一手だよ!』


(だよなっ!)


 ニャルとの相談を終え、腰を浮かし一歩を踏み出す。


「あらぁ、逃げてしまうの?」


 という所で声が聞こえた。暗闇に染み込むように響き渡る、妖艶な声だ。


(無理、逃げ切れる気がしない)


『仕方ない、ここはスキルをあげるからその力で全力で家まで――』


「安心してくださいな。今日はただのご挨拶。まだ食べてしまうには惜しいですもの」


 いつの間にかすぐそこまで来ていた女は木の横から姿を表す。紫の地に赤い花柄の浴衣。腰まで垂れる水に濡れたように艶やかな黒髪。巨乳でもなく、貧乳でもなく、数多の男の目を惹くであろう美しい造形の胸。まだ幼ささえ感じさせる整った童顔。少しだけ口角が上がった口元からは白い歯が覗き、漆黒に輝く瞳は俺の目を捉えている。


「わたくし、如月彼岸(きさらぎひがん)と申します。よろしゅうな」


 美人。そう評すべき、可憐な乙女が月光を背に立っていた。

用語説明

・アザトース

超簡潔に表すなら最強の邪神。その冒涜的な名前を正しく発音すればそれは呪詛となり、全ての生命は等しく畏怖し、精神を削られる。

・ショゴス

テケリ・リって聞こえたら大体コイツ。数センチメートルから数百メートルまで大きさに幅がある。玉虫色のスライムを見かけたら逃げよう。

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