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Histoire  作者:
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#1 spring has come scene3

僕が図書室に通うようになって1週間が経った。その間、変化という変化は一切無く、彼女は僕に気付く事もなく、ただ淡々と本を読み進めていく。今日手に取っている本も、彼女がずっと読み続けているシリーズものだ。どうやら最新巻らしく、それより先はどうやらまだ無いらしい。


僕は何時も通り、彼女から遠いテーブルの席に座って本を読む。まあ、フリではなく本当に読んでもいた。何気なく手に取った本ではあったが、まあまあな内容ではあった為、読むのには困らなかった。


暫くして、彼女は本を読み終えたらしく静かにそれを閉じた。


「・・・ない」


それが初めて聞いた彼女の声ではあったが、ぽつりと呟くような内容だったので、上手くは聞き取れなかった。



「・・・そこのあなた」


次いで出てきた言葉ははっきりとしていて、まるで僕に話しかけるような・・・え・・・?


話しかけられた?


この距離、少なくとも、彼女のいる場所は奥の方で、僕のいる場所は室内の中央辺り。しかも死角を選んでいる。気付かれていたとは思えない。僕は彼女だけを見ているわけではなく、本を読んでいて、周りにも少なからず目は向けていたのだ。


「聞いていると仮定して話を進めますね。少しばかり問いかけたいのですが」


まさか・・・本当に気付かれて!?


「『ストーカー』はいけないことだと思いますか?」


断定せざるを得なかった。彼女は間違いなく僕に気付いている。第一印象は最悪か・・・しかし近寄り難い気がしたし・・・


仕方なく僕は彼女の言葉に答えることにした。


「ひょっとして僕に言ってるのかな?嫌だなあストーカーだなんて・・・僕は本を読んでいただけだよ?」


どんな言葉が返ってくるかと身構えていたが、


彼女の言葉は・・・


「そう、それなら良かった。何しろ」


僕の予想の遥か上を


「ストーカーしてるのは私ですから」


行っていたのだから・・・


「え・・・?」


夕焼けの光に照らされた彼女は逆行で暗く、影になっており、彼女の瞳は赤く染まっていた。両の口角はつり上がって不敵な笑みを浮かべている。


刹那、


彼女の姿が消え、次に現れた時には


「見ぃつけた♪」


僕の目の前に立っていた。


「うわあああああああああああああっ!?」


直ぐ様僕はその場から逃げ出した。図書室の戸を勢いに任せて開き、弾かれたように走り出す。


怖い!恐ろしい!どうしてこうなった!?思考が全く追い付かない。


「なんなんだあの女!?ストーカーしてたのは自分って!それにあの赤い瞳っ!」


あんなの普通じゃない。一瞬で消えて一瞬で僕の目の前に来るなんて!?


「あんなバカげた人間がいてたまるもんか!!夢でも見てるのか僕は・・・っ!?」


進行方向を見て僕は愕然とした。理由は簡単だ。其処にいたのだ。有り得ない事に、図書室とは反対側の階段の陰に。


「そのバカげた人間と鬼ごっこしませんか?私が捕まえたら私に従って貰えます?」


僕は渾身の力で右足にブレーキをかけると、踵を返してまた走り出す。


「くそっ!!僕が勝ったらどうなるんだ‼」


「それは有り得ないと思いますが、まあ晴れて自由の身でしょうか

?」


舐めやがって!!


「見ていろ‼この僕が完璧に逃げ切って一泡吹かせてやる‼」


最早逃げていることに情けなさを感じない程追い詰められていることすら気付けなくなっていた。


「・・・あくまで好戦的・・・ね、あまり手荒なことはしたく無いんだけど・・・悪く思うなよ・・・!」


それまでの丁寧な物腰から、雰囲気が変わった。そう思っていると、後頭部に鈍い痛みを覚えた。


彼女に蹴られたのだとわかった時には続けざまに床に押し付けられ、そのまま廊下を滑っていく。摩擦で衣服が擦れて熱かった。


「ちっ・・・手間かけさせんなっての・・・」


明らかに苛立った彼女の言葉が聞こえて僕の意識はそこで途絶えた。



目が覚めると、保健室のベッドの上だった。ぼやけた視界を周りにさ迷わせていると


「目が覚めましたか?」


あの女が座っていた。


「うわあああああっ!?」


僕はベッドから飛び起き逃げようとするが足がもつれてそのまま転げ落ちる。


「いってぇっ!?」


彼女は僕の姿を一瞥すると


「そこまで情けないと・・・ドン引きだわ」


と吐き捨てた。


「誰のせいだ誰のっ!!」


噛みつく僕に彼女はわざとらしく口に手を当てると


「えー?そうやって私のせいにするんだー?結軌くんってさあ」


と、言いながら、ずいっと顔を近付けてきた。吐息が口にかかる位お互いに接近する。彼女の髪から何だか良い香りがした。


「なんだよ・・・?」


顔を赤らめる僕に彼女は満面の笑みを浮かべると


「と~~~ってもっ『哀れ』だね?」


驚く程爽やかな蔑みの言葉を投げ掛けてきた。いや、寧ろデッドボールだ。モロに食らった。


「笑顔で言うんじゃねぇぇェェェェェェっ!?」


彼女は満足げに鼻で笑うと僕を見下ろすように丸椅子に座り腕と足を組む。


「・・・ま、やっぱり猫被ってたわけね。あなた。逃げてる時も随分と口調が違っていたし・・・まあ、その辺は私もお相子か」


女に弄ばれてばかりではいられないので、僕は反撃に出る。


「そ、そうだっ!!お前こそ清楚キャラ演じやがって!!危うく騙される所だったじゃないか!!」


彼女はそんな僕の姿を見て、呆れたように溜息をつく。


「騙されてたじゃない?ストーカーくん?」


うっ!?


ぐうの音も出ませんでした。


「それはそれとして、約束、覚えてるかしら?」


約束?そんなことしてただろうか?


「何の話だよ?」


僕の反応に彼女は今度は深い溜息をつく。


「はあ・・・強く蹴りすぎたか・・・鬼ごっこ、私、勝ったでしょ?」


ああ、そういえば・・・って!?


「まっまさか!?この僕にお前に従えっていうのか!?」


「どの僕か知らないけど、その通りよ?約束は守って貰うからね」


彼女は肩をすくめると気だるそうに口を開く。


何てことだ。この僕が女の尻に敷かれるって言うのか!?


「・・・で?僕に何を求める?」


「まあ、当面協力して貰うことになるね」


・・・・・・・内容が無ぇ・・・


「僕がもし断ったら・・・?」


「『結軌 歩』にストーカーされたって言いふらす」


何の迷いも無く言うとは・・・この女!!


「・・・僕にメリットがあるとは思えないな」


内容はさておき、僕はずっと気になっていたことを彼女に投げ掛けてみた。


「・・・メリット?そうだなあ・・・あ、じゃあ」


どうせメリットなどあるわけないのだろうと思いながら僕は彼女の言葉を待っていたが


「私が『彼女』になるってのはどうかな?」


思いもよらない言葉が返ってきた。


「はい?」


「あれ?わからない?あなたは私の『彼氏』になるってことなんだけど・・・」


いや、わからないわけじゃない。というか唐突過ぎて頭が付いていかな・・・


「ななななななななななななななっ!?」


「これから宜しく♪歩くん?」


そう微笑む彼女は綺麗で確かに可愛くて、けれど唐突に訪れた春とは裏腹に僕はこれから降りかかるであろう受難を思うと素直に喜ぶべきか迷うのであった。



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