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作家になった、あの日から  作者: 室 雛多
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木枯らしが吹き始めた日

 冬の訪れを予感させるように木枯らしが吹き抜けた。唐突に襲ってきた寒さに思わず身体を震わせる。空に広がる一面鉛色の雲。もう暫くすると、その鉛色の島から白い雪の小人たちが舞い降り、さながら侵略の如く町を覆い尽くすことだろう。きっと今の比ではない程の寒さが次第に近付いてくる筈だ。


 小人が侵略してくる光景と同時に、古い映画のフィルムのように色褪せた苦い思い出が脳裏を徘徊した。あの時こうしていればよかったと、後悔ばかりが積み重なる。世界はいつだってそうだ。何億何万何千人もの人間が後悔を背負って生きている。まるで前へ進むのを拒む足枷だ。後悔は吐き出すことができるのだろうか。もし吐き出すことができるのなら、その後悔は雪に生まれ変わってほしいと願う。だって雪は綺麗だから。内に秘める醜さを隠し通し、儚くも美しく舞うことができるから。そして、やがて醜さを包み込んだ雪は人知れず溶けて消え去るだろう。そうなればいいと切に思う。


 身に纏ったブレザーはずしりと重い。一雨降りそうな、どす黒い雲に圧されているかのようだ。そんな感覚を味わい、空なんて見るんじゃなかったと早速後悔に浸る。


 後悔ばかりが積もる一年だった。中学生から高校生になり、少しでも僕は変われただろうか。感傷に溺れながらこの一年を思い返し、そして落胆した。阿呆かと。ただ無駄に身体ばかりが大きくなっただけだ。学校という生活スペースが上にシフトしただけで、肝心の内面はうだうだと後悔の積み木をつまらなさそうに積み上げている。賽の河原の鬼が現れたならば、この積み木を崩してくれただろう。しかし僕は延々と際限なく後悔を積み重ねるだけで、積み木は崩れてなんかくれない。ある意味、地獄だ。そこから抜け出せず、現に今も後悔を味わう自分が、何故に成長などできていようか。馬鹿馬鹿しい。


 はいはい、自分語りに酔いしれるのはこれにて結構! 次第に情けなくなり、地面を蹴るようにして歩き出す。


 そして早足で帰宅すると、玄関には間抜けな表情を浮かべた母が受話器を片手に立っていた。


「どうしたの?」


 ただいまも言わず、開口一番に僕は訊いた。しかし母は困惑しながら「新手の詐欺かしら」やら「そうふうしゃって何かしら」やら呟くだけだ。


「貸して」


 半ば苛立ち気味に受話器を奪い取ると、そのままそれを耳に当てた。


「あの、もしもし?」


 と受話器の向こう側から若い女性の声が聞こえてくる。聞いたこともない声。知らない人だ。間違い電話にしては変だ。もしそうなら母が困惑して立ち尽くす訳がない。これは母の言う通り詐欺なのかもしれない。


「誰ですか、あんた」と威圧的に尋ねる。


 が、返事は予想外にも朗らかなものだった。


「あら、男の子の声。もしかして宮城圭くん?」


 宮城圭みやぎけいとは僕の名前だ。何故この女性が知っているのかは定かではないが、それでも僕は強気の姿勢を崩さない。


「そうだとしたら何か用ですか。ないなら、もう切ってもいいですかね」


「ああ、待った待った」と慌ただしい声で女性が言う。「ごめんなさい、宮城くんに用があるの」


「僕に?」


「そう。私は草風社編集部の春見はるみと申す者です」


 草風社?


 その単語で停止ボタンを押されたかのように動きがぴたりと止まる。心当たりがあった。半年前、僕はその単語を食い入るように毎日見ていたのだから。


 そして春見と名乗った女性が一言。


「受賞おめでとうございます」

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