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核シェルターの斉藤さんと彼女

作者: ノリジヒ

執筆練習に書いた作品です。せっかく書いたのに腐らせるのはもったいない気がして掲載にいたりました。たぶん続きません。

 けたたましい目覚まし時計の音で斉藤は目を覚ました。部屋が暗いためか、目を開けても何も見ることはできない。まるで何年かぶりに目を覚ましたかの様に朦朧とする頭を抱えながら、音の出所を探す。枕元に手をやるが、そこにはない。だんだん大きくなる耳障りなアラーム音。どうも、自分から見て左側においてあるようだ。やっとのことで目覚まし時計のスイッチを切った斉藤は、ふと考えた。我が家に目覚まし時計なんて有っただろうか。俺は眠るときにカーテンなんて閉めただろうか。

 とりあえず明かりをと思い、腕を上に伸ばし蛍光灯の紐を捜す。しかし、腕は宙を掻くばかりで何かに触れるような気配がしない。仕方無く、壁のスイッチを探すために手を伸ばすと、ひんやりとした何かに指が触れた。思わず手を引っ込める。これは一体何だ?恐る恐る触ってみると、どうやらそれはコンクリートの壁らしい。そうと分かると同時に斉藤は言いようの無い恐怖を感じた。家にコンクリートうちっぱなしの壁などはなかったのに。

 壁を伝い、やっとのことで照明のスイッチを見つけ、急いで明かりをつける。斉藤の不安は的中していた。そこには見たことの無い部屋があった。

貧乏くさい印象を受けるのは、おそらくコンクリートの壁と部屋の中央にある安っぽいベッドのせいだろう。右手には木製の机があり、その上に先ほどの目覚まし時計がおいてある。左手には頑丈そうな鉄の扉がある。六畳ほどの床には何も敷いておらず、色の落ちたフローリングはところどころささくれていた。

 いったい何が起きたんだ。昨日は飲み会の誘いを断ってちゃんと家に帰って寝たはずなのに。誘拐?いや、僕はただの会社員だし、家族も無い。だとしたらいったい何のために……。いくら考えても考えはまとまらない。

 とにかく、何か行動をしなくては、と思ったちょうどその時、鉄の扉が重々しい音を立てて開いた。そして、そこから一人の女が現れた。

 身長は、僕より大きいので百七十センチほどだろうか。黒いロングの髪はぼさぼさで、かなり大きめのパーカーと、中にはTシャツを着ているが、どちらもしわくちゃだ。

 おそらくサイズの合っていないであろうきつめのジーンズを履いていて、その下には素足が覗いている。

 目が合った。整った顔をしている。彼女は少し目を細めて、不機嫌そうに彼女は斉藤を見下ろしていた。

 「なんだ、もう起きてるじゃん。ご飯が冷めるから早く来てよ」

 そういうと、彼女は斉藤に背を向けてドアも閉めずにさっさと部屋を出て行ってしまった。どういうことだろう。もし誘拐なんだとしたら、もっと僕のことを警戒するんじゃないのか?それにご飯だって?

 いくら考えても答えは出ず、とりあえず彼女に従うしかないと思った斉藤は、開けっ放しになったドアの向こうへと歩いた。どうも前の部屋と作りはまったく同じようだ。そのかわりに中央にはダイニングチェアが二つと大きなテーブルがあり、その上には朝食には似つかないであろう炒飯が二つおいてある。

 右端には大型の冷蔵庫があり、手前にはあまり使っていないように思えるシンクがあるだけだった。

 彼女はすでに椅子に座って炒飯を食べ始めていた。とにかく何かしゃべらなくては、と思い声を出す。

 「あのさ」斉藤の出した声は少しドスがきいている。

 思わず言葉を切ってしまう。声が違う。僕の声はもう少し高めのはずだ。しかしそんな斉藤の心中を知ってか知らずか、女はスプーンでもう一つの椅子を指す。いいから座れ、といいたいのであろう。

 またしても混乱しかけた斉藤も、彼女の態度に若干冷静さを取り戻し、とにかく席に着いた。初めて座るはずの木製の椅子は、なんだか座りなれているような気がした。

 とにかく目の前にある炒飯をスプーンですくって一口食べる。味などは緊張でまったく分からないが、おそらく冷凍食品なのであろう炒飯を無理やり口に突っ込みながら、もう一度部屋を見回す。冷静になって見回すと、どうもこの部屋にも、先ほど自分が寝ていた部屋にも窓のようなものは無く、恐ろしいことに扉も不たちの部屋を区切る鉄の扉以外には見当たらない。いったいどこから僕をここに連れ込んだのだろう、と考えると、スプーンを持つ手が思わず震えた。

 やっとのことで皿を空にし、スプーンを置く。それと同時に女のほうも食べ終えたようで、ごちそうさま、と呟いて皿を流しに持っていった。

 「ねぇ」

 斉藤は勇気を振り絞って声をかけた。

 「何?」めんどくさそうに女が振り向く。

 「いったいここはどこなの?何で僕はここにいるんだい?」

 「はぁ?」こちらに振り向きながら、彼女は心底あきれた、と言う様な声を出す。「それって新しいギャグか何か?」

 「いや、冗談なんかじゃないよ。声はなんだかおかしいし」

 それを聞いて、彼女は少し笑いながら、「確かに最初会ったときとは声もずいぶん変わったかな」と呟いた。

 「最初に会った?僕たちって初対面じゃないの?」

 「もう、冗談はやめてその皿をこっちに持ってきなさいよ」少しいらいらした口調で彼女が言う。「汚れ、落ちにくくなるでしょうが」

 斉藤はめげずに言う。「冗談じゃないんだよ。僕は、本当にここがどこだか分からないし、君が誰かも知らないんだ」

 「本気で言ってるのそれ?」やっと彼女が斉藤の方を向く。斉藤が、「本当なんだよ」と彼女を睨みつけながら言う。

 「記憶喪失ってこと?」洗い物をシンクに投げ出して、斉藤の正面に彼女が座る。その瞳はどうも真剣に僕のことを心配しているようだな、と斉藤は感じた。

 「いや、記憶喪失ではないと思う。僕は僕の名前を覚えているし、昨日会社から帰ってベッドに入ったのもしっかり覚えているしね」

 会社という単語を聞いて、女は少し笑いを漏らした。「会社って、あんたが会社に通っていたのなんて何十年前の話よ」

 「何十年前だって?」思わず斉藤は聞き返す。「そんな、僕はまだ現役バリバリの会社員だよ」

 斉藤の言葉を聴き、彼女はとうとう腹を抱えて笑い出した。「現役バリバリって、年を考えなさいよ。貴方が現役だったら私はまだ小学生じゃない!」

 年を考えろ、それを聞いた斉藤は、もしやと思い自分の手を見る。そして愕然とした。確かに自分の手ではあるのだが、明らかに二十歳そこそこの人間の手ではない。嫌な汗が背中を伝わるのを感じた。

 「鏡は」いまだ笑い続けている彼女に震える声で尋ねる。「鏡はどこ?」

 「無いわよ。地上(うえ)からここに来るときに持ってこなかったのよ。シンクを使えば?」

 椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がり、シンクに駆け寄る。そこに移った顔を見て、斉藤は雷に打たれたようなショックを受けた。そこに写っていたのは、確かに自分の面影を残した白髪交じりの初老の男であった。

 「今は……」低い声で斉藤が尋ねる。「今は西暦何年?」

 彼女は、当たり前のように「2042年よ。そんなことも忘れたの?」と答えた。

 「2042年だって」斉藤は、目の前が真っ暗になった。2042年?僕が眠りについたのは2014年。あれから24年もたったと言うのか?

 「僕は2014年のことまでしか覚えていないよ」そう呟くと、斉藤はよろよろと力なくフローリングの床に座り込んでしまった。

 「2014?私まだ生まれてないや」そんな斉藤にかまわず暢気に彼女は爪をいじっていた。そしてふと気づいたように「じゃあ私の名前、覚えてないの?」と言った。

 「ああ、覚えていないさ」何をいまさら、と思いながらぶっきらぼうに斉藤が答える。「じゃあ、何でシェルターの中で住んでるかも?」「知らないさ。ここがシェルターだってことも今始めて聞いたよ」

 それを聞いた彼女は、急にニヤニヤしながら、「じゃあ私が教えてあげないとね」と言う。確かにいろいろ聞きたいことはあるが、今はそんな気分ではなかった。

 やっとの思いで立ち上がり、鉄の扉の向こうに目をやる。先ほどはパニックで気が付かなかったが、ベッドはところどころ錆付いていて、かなり古ぼけていた。もう一度眠ればこの悪夢は終わるかもしれない、という思いが斉藤の頭をよぎる。そうだ、もう一度、すべてを忘れて眠ってしまおう。

 「悪いけど、僕はもう一回眠るよ。一度考えを整理したいんだ」

 「えーっ」彼女が心底がっかりしたような声を出す。「私がいろいろ話してあげようと思ったのに」

 「いや、いいよ。正直突然28年たったって言われただけでもう頭がいっぱいでさ」

 彼女の不満の声を無視して、鉄のドアを開ける。窓一つない部屋は、蛍光灯の明かりで不気味に輝いていた。

 「じゃあさ、こういうのはどう?」いつの間にか後ろに回りこんでいた彼女は言った。「子守唄代わりに、私が話をするよ。聞き流してもいいから」

 「じゃあ、それでいいよ」そう答えたが、斉藤は正直どうでも良かった。とにかく早く眠りたい。それしか斉藤の頭の中には無かった。シーツを整えなおし、布団を被る。蛍光灯は消していたが、隣の部屋の明かりのおかげでぼんやりコンクリートの天井が見えた。

 「まず初めに、どうして世界は核の炎に包まれたかから話すから」そういいながら彼女は机の上に腰をおろす。心なしか、その姿はわくわくしているようだと斉藤は感じた。

 「中国とアメリカが戦争を始めるんだけどね、そのきっかけはアメリカの旅客機と中国の戦闘機がぶつかったことだったの」まるで練習でもしていたかのようにすらすらと彼女は話す。「それでね、全面戦争が続くんだけど、追い込まれた中国が核兵器を使っちゃったの。それで、何年も続いた戦争は20分で決着がついたんだ。その時貴方は……」

 斉藤は、そこまで聞いたところで眠りに落ちてしまった。


 斉藤は、窓からもれ込んだ明かりで目を覚ました。眠る前にカーテンを引かなかったのだ。なんとなく、見慣れた天井をじっと眺めてみる。あれは、夢だったのだろうか。夢にしてははっきりしすぎていたような気もするが。コンクリートの冷たさや、彼女の声も、さっきまでそこにあったかのように思い出せる。

 ベッドから起き上がる。やはりそこにあるのは見慣れた寝室であった。買ったばかりのベッド。その向かい側にある木製の扉。少し使い込まれた机の上には、中古で買った型落ちのノートパソコン。何もかもがいつも通りだ。

 やっぱり悪い夢だったのだ、と斉藤は考えることにした。最近、会社がかなり忙しかったこともあるし、きっと疲れているからこんな夢を見たのだろう。幸い今日から二連休だ。しっかり休んで、仕事に支障が出ないようにしなくては……。

 休日だといってもいつまでも寝ているわけにはいかないので、ベッドの上で思い切り伸びをしてみる。時計を見ると昼前である。一人暮らしなので、朝食は自分で作らなくてはいけない。ベッドから降り、寝室から出る。やはり寝室の外もいつも通りだ。ちょっと安心する。

 適当にラジオをつけ、キッチンに向かう。冷蔵庫を開けて、中身を覗きこむ。なんとなく、ラジオに耳を澄ませてみた。

 「繰り返しお伝えします。今日未明、中国の上空でアメリカの旅客機と人民解放軍の戦闘機が衝突、墜落しました。これに対し中国の主席はこれをアメリカの陰謀だとして批判し、波紋が広がっています」

 斉藤は、耳を疑った。夢だと思っていたあの光景が一気にフラッシュバックする。息の詰まるようなシェルターの中、名前も知らない彼女のこと、初老になった自分のやつれた顔。すべてが頭の中で突然によみがえった。

 アメリカの旅客機と中国の戦闘機がぶつかった?それは夢の中で彼女が言っていた戦争の始まり方じゃあないか。冷蔵庫が開けっ放しなのにもかまわず、ラジオにかじり付く。ラジオ番組はその後もその話題で持ちきりだった。人民解放軍が大規模な移動を始めた。アメリカの空母があわただしく基地から出航した。アメリカ大統領は原因究明を急がせた……。アナウンサーは、「たとえこのまま戦争が起こってもなんら不思議ではない」とまで言った。

 その通りだ、僕は知っている。このまま数十年も続く戦争が起こること。そして最後には核戦争に発展すること……。

 まさかとは思った。たかが夢の中の出来事じゃあないか。ただの偶然じゃないのか。そう思いたかった。しかし、いくらなんでもタイミングが良すぎる。だけどまさかそんなことが起こるだろうか。

 部屋の中をぐるぐる歩き回りながら考えてみたが、結論などは出るはずも無い。そんなことをしていると、ふと、寝室のベッドが目に入った。

 もしかしたら。斉藤はひらめいた。もう一度眠れば、また彼女に会えるかもしれない。

 そう思いつくと、斉藤はいてもたってもいられなくなった。シーツを直すことも忘れてベッドの上に飛び込む。相変わらずカーテンは開いたままだが、そんなことは些細なことに過ぎない。ゆっくりと、しかししっかりと目をつぶり、しばらくすると、斉藤はすっかり眠りについていた。


 暗闇の中で目が覚めた。目の前は真っ暗闇で、何も見ることはできない。しかし、今度は驚くことは無かった。急いでベッドから立ち上がり、明かりも点けずに鉄の扉を力任せに開け放った。そこには、ぼろぼろになった本をぼんやりと眺めている彼女がいた。斉藤に気がつくと、「あ、記憶喪失おじさん起きたんだ」と言った。

 「ああ、起きたさ」体の震えを必死に抑えながら斉藤は言った。「もう一度聞くけど、アメリカの旅客機と中国の戦闘機が衝突して戦争は始まったんだよね?」

 それを聞くと、彼女はうれしそうに「やっぱりちゃんと聞いててくれたんだ」とはしゃいだ。

 「いや、ちゃんと聞いてたかじゃなくて、その話は本当かどうか聞いてるんだよ」

 「なによ、私がうそつきだって言うの?全部本当のことよ」彼女は胸を張ってそういった。

 少し自慢げな態度の彼女は、斎藤には嘘をついているようには見えなかった。「ということは、だ」ぼそぼそと斎藤が独り言をいう。ここはやはり28年後の未来なのか。

 「それで」興奮納まらぬ斉藤が続ける。「その戦争で一体何人人が死んだ?」

 「え?そりゃあ、人類のほとんどが死に絶えちゃったんだから」

 「とすると、70億人か」

 「ううん。もっといるよ。えっと確か85億人ぐらいだったかな?」

 85億人。それを聞いて斉藤の鼓動はますます速くなる。もし、そのすべてを、僕と彼女の力で救えたら。いや、救おうじゃないか。

 「救おうじゃないか」斉藤は興奮のあまり思わず暗唱する。

 「救う?何を?」不思議そうな顔をして彼女が聞く。

 「85億人だよ。全人類、いや、地球を救うんだよ」もし、成功したら、とてつもないことだ。人一人の命を救う事だって難しいというのに、85億人だ。きっと歴史の教科書ぐらいには載るだろう。いや、それだけじゃない……。

 「でもさ、救うって言ったって、85億人はもう死んじゃってるんだよ?」彼女がもっともなことを言う。

「その通りだ。この世界の僕ではできない。だが、28年前の僕ならできる。28年前と28年後を行き来できるとすれば、君の知識が正しいとすれば!」どうにも興奮を抑えきれず、斉藤は大声を出す。彼女はやかましそうに耳を押さえている。だが、それでも斉藤の興奮は収まらない。

「変えられるんだ、世界の、地球の運命を!」


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