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ファジー編 8

 あのきしむ階段を、どうやったら気配なく下りることができるのだろう。一瞬、魔術であらわれたのかと思ったけど、家の中を動くだけで魔術など使う意味がなかった。

「アイツは?」

「ミルダは今、お風呂」

 アイツ、という言い方が気に入らなくて、あたしは意図的に名前を強める。それがまた嫌だったのか、コードは鼻で息をついて隣に座った。

「それ、魔術書だよな? 見せて……別に燃やしたりしないから」

 ためらうあたしから魔術書をうばい、コードは表紙を眺めてふぅんと呟いた。

「マテリオの書だ」

「マテリオ?」

 さっきあたしが読めなかったのは、マテリオというらしい。

「有名な魔術師の名前だよ。三十年ぐらい前に亡くなったんだけど……まだ若い人だったんだ。最近のモディファニストの礎はこの人が築いたといっても過言じゃない」

「すごい人?」

「だからそうだっていってるのに……」

 あきれたようにあたしを見て、コードは魔術書を服の袖でふいた。

「マテリオの書はあまり写しがないから、貴重なんだ。基礎の言霊をもっと効果的に使う言霊を作ったり、理獣の生態を細かく調べたりして――」

「さっきの、モディフィストってなに? モディファニストとは違うの?」

 長々と説明を始めようとするものだから、あたしはそれを遮って訊いた。

「モディファニストの正しい呼び名だよ」

 話を中断されてコードは顔をしかめたけど、ちゃんと答えてくれる。あたしが彼の性格を知っていると同じで、彼もあたしがどういう性格なのかを熟知しているのだ。

「モディファニストじゃ、スペルが間違ってるんだ。けどみんなモディファニストって呼ぶ。今はそれが定着してるからだけど、昔は間違ってるのを知っててわざとそう呼んだんだよ」

「なんで?」

「モディファニストは、魔術師のできそこないだから」

 コードがはき捨てるようにいうものだから、あたしは自然と身体をこわばらせていた。

「他の魔術師はみんな人のために術を使うのに、モディフィストは魔獣のために術を使うんだ。時には人や家畜に被害を与える獣にまで救いの術を使うんだ。人よりも魔獣を大切に扱うから。人に使えるほどの魔術を身に着けていないから、って」

 同じ屋根の下で暮らしている、同じ血を分けた姉弟なのに、あたしはコードを見ることができない。それほどに、彼の表情は険しかった。

「だからわざと、間違って呼んだんだ。正しく呼ぶほどの者じゃないから、って」

「……そんなの、おかしくない?」

 おそるおそる口を開いたあたしに、コードではなく、その奥にあるカーテンを見た。

 日焼けして色のおちた花柄のカーテンは、ランプに照らされたあたしとコードをうつす。油が足りないのかたまに炎が揺らいで、ただでさえ大きなあたしたちの影が獣のように変形した。

「でもターニャは、いまさらモディフィストって呼ぶか?」

「それも……なんか変だね」

 あたしは目を伏せながら、お下げの片方を指でいじる。針のようにまっすぐな髪は人形のように金でもウェーブでもないけど、長く伸ばしても枝毛にならないことだけが唯一の自慢だった。

 髪には今日行った森のにおいがついていたけど、それをかき消すほどの緑の香りがして、あたしとコードはほぼ同時に風呂場へ続くドアを見た。

「あー、さっぱりした」

 そこにはやっぱり、ミルダがいた。

 ミルダの着替えは全部洗濯することになったから、今はコードの服を使っている。コードはそれにまた嫌そうな顔をしたけど、その服は彼には大きかったのでまだほとんど着ていないものだった。

「しばらく風呂っていったら川だったからな。あたたかいのに入ったのは久しぶりだ。やっぱり石鹸はいいな。汚れが落ちる」

 コードが好んで着るシンプルな麻の服は、ミルダのつくりのよさをよく引き出した。お風呂にはいって金髪のくすみもすこし落ちたし、もとから白い肌はさらに透明感を増したようだ。

「水飲ませて。コップどれ使っていい?」

 肩にバスタオルをかけて、髪からおちる滴を吸い込ませている。部屋履きのかかとを踏んで台所に行き、カチャカチャと食器を鳴らしながらコップを探していた。

「棚にあるの、好きなの使って」

「んー」


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