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ガンジュ編 11



     ○○○○


『うまくいけば、日が落ちる前に山を下りることができるかもしれないな』

 休憩が終わり歩き始めたミルダの姿を見て、あたしたちも木陰から続いた。

「山越えは何日もかかると思っていましたけど?」

『私が道を短くしているのもある。でも予想以上に道が短くなっている……私の子供がなにかいじっているのかもしれないな』

 ゆうに一週間は山篭りできるように、ミルダは慎重に荷づくりをしていた。ついでにあたしの修行もかねているのは地獣には言わないほうがいい気がして黙っている。

『満月の日までには山を降りたい、とずっと言っていた。子供は何かを急いているのだ』

 満月の日。言われて、あたしは昨晩の月を思い浮かべる。あたしが焼いたクッキーのように、まるくなりきれなかった不恰好なあの形によく似ていた。満月はすぐだ。

 あたしは地獣に、彼の子供である彼女のことを深く聞いていなかった。聞かないほうがいいと思った。なぜ子供が人間なのかとか、一度聞いたらもうとめどなく質問があふれてしまう。

「それは……あなたにとって良いことなんですか?」

 聞きたいことを飲み込んで、あたしは尋ねた。あたしとしては、山を降りてミルダと合流したい。でもこの山の主は、自分の子供が山を降りようとしていることをたまらなく不安に思っているに違いない。

『良いことではある』

 ただ、と呟いて、地獣はすこし言葉を詰まらせた。

『……寂しくもある』

 照れくさそうに顔をそむける彼に、あたしは不覚にも笑ってしまった。

『やはり笑ったか』

「だって、なんか可愛くて」

 可愛いと言われて、地獣の陶器のような肌に心なしか艶が増した。人間でいう、頬が赤くなるのと同じなのだろうと、あたしはなんとなく感じた。

『息子はいずれ戻ってくるとわかっているが、あの娘とはもうこれでお別れだ。寂しく思って当然だろう』

「……え?」

 あたしは地獣の言ってる意味がわからなかった。

 娘とは、ミルダと一緒に歩いているあの女の人のことだ。でも地獣はたしかに息子と言った。男の人はミルダがいるけれど、彼が地獣の息子だなんてまずありえない。

 まじまじとミルダたちを見つめるあたしの様子を見て、地獣はすぐにあたしの思いを察したようだった。

『お前もしかして、あの娘が私の子供だと思っていたのか?』

「……はい」

『阿呆か』

「……そうですね」

 ぴしゃりと、地獣の尾が地面を打つ。深く嘆息されて、あたしは「すいません」と呟くしかなかった。

 だって、なにもわからないから。突然あの女性があたしのかわりにミルダの隣にいて、あたしはわけもわからず地獣の隣にいるのだから。言い訳にしかならないけど、あたしは少ない情報で自分なりに色々考えていたのだ。

 阿呆と言われてしまえばそれで終わりだけど。

 あたしはしばらく、しょんぼりとうつむいて歩くしかなかった。でも、阿呆と切り捨てられても、自分のおかれている状態がなぜこうなったのか、知りたくてしかたない。ミルダと一緒に山越えをする予定だったのに、修行しながらいろいろ教えてもらうつもりだったのに。その計画がすべて崩れてしまっていた。

「……じゃあ、あの女性はいったい誰なんですか? あなたの息子である、この山の主の跡継ぎはどこにいるんですか?」

 冷静に言わなきゃだめだ。そう思うのに、口調が強くなってしまう。この山の主を刺激してはいけない、あたしだけではなくミルダにまで危険が及ぶかもしれない。そう思うのに、あたしは言うのをやめられなかった。

「なんのためにあたしはここに連れてこられたんですか? どうしてあの人はミルダの隣にいるんですか? あたしにだって、知る権利あると思います!」

『ターニャ……』

 これを言うと、地獣は怒ると思っていた。

 けれど彼はあたしの主張に、目をまるくし、そしてすこしだけ瞳を翳らせたのだ。

『自分たちのことばかり考えて、すまないな』


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