ガンジュ編 8
『この道は閉ざしてから、魔力が増して道が歪んでいるんだ。お前たちは惑わされて同じところを歩いてばかりだったけど、私が合流してから道を戻している』
「そうなんですか……」
やはり理獣という魔力のある獣たちは、いるだけでなんらかの力があるらしい。言霊を使わないとなにもできないあたしは、とうてい足元にも及ばないのだ。
『ところで』
「はい?」
『お前の名前はなんという?』
突然の質問に、あたしはきょとんと目を丸くした。
あたしのその反応が意外だったのか、地獣が一瞬、気まずそうに瞳を泳がせる。そしてあたしの機嫌でも伺うように見上げてきて、小首をかしげた。
それだけで、あれほど威圧感を放っていた地獣の気配がやわらかくなったように感じた。
『いつまでも、娘だのお前だの呼ぶのは失礼な気がしてな。人間と関わることがあまりないから、接し方がよくわからないんだ』
彼も、あたしに対する接し方がわかってきたということだろうか。名乗らなければ今までのようにお堅い神様に戻ると思い、あたしは早々と名乗った。
「ターニャです」
『そうか。連れの名前は?』
「ミルダ、です」
『そうか、ターニャとミルダか』
赤い舌をちろちろと転がして、地獣は名前を覚えてくれたようだった。そしてふと、空を見上げる。つられてあたしも見上げてみたけれど、もやばかりがたちこめて星空も何も見えやしない。
『ミルダという魔術師の気配は、どこか不思議なものがあるな……』
ミルダと女性は、いつのまにか毛布をかぶって眠ってしまっていた。ミルダの短い髪の毛がもぞもぞと動いている。今日はさほど寒くないのか、一緒の毛布で寝ていなくて、あたしは内心ほっとした。
『私たちも今のうちに休もう。寒くないか?』
「大丈夫です」
『枕代わりに、尾を使ってもいいぞ?』
「大丈夫です」
くすりと笑うと、地獣も目を細めた。そしてとぐろの巻きをゆるやかにして、地面に身体を広げていく。あたしも木の根を枕に、小さく丸まって眠りやすい姿勢をつくった。
『おやすみ、ターニャ』
知らぬ間に、あたしもそうとう疲れていたらしい。おやすみなさいと返す声は、頬の中でくぐもっていた。