ガンジュ編 7
『地獣は、あまり人に関わらないほうがいいんだ』
「私も人ですけど?」
『お前は魔術師だ。魔力に強い』
「……?」
いまいちわからず、あたしは首をかしげる。地獣もうまく説明できないようで、鱗をさざ波のようにうごめかせた。
『……私の子供はやんちゃでね。親の言うことをまったく聞いてくれないんだよ』
地獣が突然話を変えて、あたしはきょとんと目を丸くした。
その様子がおかしかったのか、地獣はまたちろりと笑う。彼も彼なりに、あたしへの接し方がわからなかったのかもしれない。その糸口を見つけたようで、さらりと言葉を続けた。
『あれをするな、これをするなと言えば言うほどわざとやってみせるんだ。最近それがひどくなってきたと思ったら、山を降りたいと言い出した』
そもそも、なぜ地獣の子供が人間なんだろう。あたしはそれが不思議でならない。地獣の子供なら、ジュリカのように金獣か、それとも同じ地獣であるはず。人間が生まれることなんてまずないわけで、彼女が地獣の子供であることはどう考えてもありえない。あの黒い髪をした女性が金獣であることは、まずない。
考えが行き着くとすれば、地獣が人間の子供を育てていたというわけで。おどろく反面、おかしくないかなとも思う。人を獣が育てたという話を耳にしたこともよくあった。
地獣に訊けば早い。でも、話に口を挟むのははばかられた。
『親として、子供を一人外に出すのは心配なんだ。ふもとにはなにがあるかわからない。あれでも山を守るものの跡取りなのだから、すこし考えて行動してほしい……』
「山の神は世襲制なんですね」
『力のあるものが統べるのが一番いいとは思うのだが、それだと代が変わるごとに山のしきたりも少しずつ変わっていってしまう。引き継ぐときに教えればいいのだけど、なまじ力があるだけに人の話を聞かなくなる。だから山を統べるものは、力が衰える前に子供を産み、山のことを一から教え、子供が全部覚えて安心して任せられるようになったら、身を引くと決まっている』
へぇ、と呟きながらも、あたしは彼の未来を知った。地獣の言うことを信じるなら、彼のさすその子供が次世代の山の神様。そして彼自身は、近いうちに力が衰えていくということになる。
『あの子にはもう、山の神になる知恵はすべて教えている。力はまだ弱いが、山の魔力があれば十分やっていける。問題は、あのありあまった好奇心なんだ』
「いろんなものを見たいんですね」
『知りたがるのはいい。けど、やはり限度というものが……』
重いため息をついてまぶたを伏せた地獣に、あたしは失礼ながらも笑ってしまった。子供のことで頭をめぐらせる地獣の姿は、故郷であたしと弟のいたずらに頭を抱えていた父によく似ていたのだ。
『子供のわがままにつき合わせて、本当にすまない』
「いいえ、教えてもらえてよかったです。てっきりあたし、何か悪いことして山神様に怒られたのかと思いました」
『それはない。この山は人が寄り付かないから、たまにこうして魔術師が来て道をつくってくれるほうがありがたいんだ。どうしてかお前たちは、閉じていた道をかきわけてはいってきたけれど』
閉じていた道。それはきっと、あの二股に分かれていた道のことだ。普通に山越えのルートがふたつあると思ってミルダは道を選んだのだけど、閉じていたとはどういうことだろう?
ふくろうの声ひとつしない、閉ざされたモノクロの空間。風もなく、しんと静まり返った空気の中で、息をして言葉を交わすのはあたしと地獣だけだった。
『事情があって、道を閉ざしていたんだ。お前たちが選ばなかったほうの道が本来人間の通るべき道で、私の力でこちら側の道は見えないようにしていたはずなのだけど……私の力が衰えたということだろうか?』
なかば独り言のように呟き、地獣が尾を揺らす。枯れ草に触れて、かさかさと乾いた音がした。
『まぁ、お前たちがはいってきてくれたからこそ、こうして護衛を頼めたからいいのだけどな。登り道は終わったから、あとはふもとまで下るだけだ』
「下り、ですか……?」
登り道が終わった。そう言われても、あたしには坂道を歩いた記憶なんてほとんどない。ミルダたちのあとを追って、延々同じところを歩いていたと思っていたほどだ。