ガンジュ編 6
「……あの」
『なんだ』
ようやく地獣が、あたしの発言を許してくれた。
「あたし、これからどうなるんですか?」
『どうなる、とは?』
突き放すように言い放っていた地獣の口調が、少しずつ和らいでくる。先を歩いていたミルダたちに追いついたことで、余裕ができたようだった。
「あたし、死んだんでしょうか?」
『ちゃんと生きている。心配するな』
林道を歩くミルダたちと木を一本二本はさんで、あたしたちは山の中を歩いている。こちらから見えるのだから、ミルダからも見えておかしくないはずなのに。やっぱり彼は、あたしの視線に気づく様子はなかった。
隣を歩く女性を、ミルダはあたしだと思い込んで接している。女性の顔をまじまじと見たわけではないけれど、背格好はたしかにあたしによく似ている。黒い髪の彼女に話しかけるミルダが、優しく微笑んでいた。
ミルダがあたしにそんな顔を見せることはめったになかった。けれどミルダは彼女をあたしだと思って接しているのだから、あの笑みはあたしに向けられていると思っていい。けれど、違和感がありすぎた。
「あたしはもう、この山から出れないのでしょうか……?」
『この山に魔術師は必要ない。これだけ魔力があふれていて、お前の身体ももたないだろう』
「そうです、ね……」
地獣の真意を読み取れなくて、あたしは言葉を濁すしかできない。はたして彼は何が目的で、あたしと彼女をすり替えたのだろう。
『あの子をふもとまで届けてくれさえすればいいのだ。それまで、あの者に護衛を頼みたい』
「ミルダに?」
『あの魔術師はそうとう腕が立つ。違うか?』
「まぁ、たしかにそうですけど……」
ミルダに護衛を頼んでまで、山を安全に下りさせたいという女性。はたして彼女は何者なんだろう。
考えるあたしがよほど難しい顔をしていたのか、地獣はまた赤い舌を出して、ちろりと言った。
『あれは私の子供だ』
○○○
日が沈み、ミルダが野宿の場所を用意し始めると、地獣もそれにならって近くで休むことを決めた。
食べるもの、夜露をしのぐものはどうしたらいいだろう。考えて、あたしはそんな必要がないことに気づく。お腹はすかない、空気に冷えはない。ミルダとあたしがいる場所はたかだかすこしの距離であるはずなのに、確かにあたしのいる場所はあちらとは違っていた。
大きな木の根元でとぐろを巻く地獣は、たえず女性を見つめ続けている。夕食の準備をはじめ、ミルダから毛布を受け取る彼女は、あたしのように森の魔力に酔うこともなく平然としているらしい。あいかわらず見えるのは背中ばかりなので、彼女がどんな顔をしてどんな声をして、どんな話し方をしているかなんてさっぱり見当もつかない。
そんな彼女の顔を見てミルダは話す。だからあたしは彼の表情がわかる。ただし、話の内容はわからない。声はこちらに届かなかった。
ミルダと女性が今晩ここですごすことを確認して、地獣はようやくあたしに顔を向けた。
『腹が減ったか?』
「……いえ」
『寒いか?』
「いいえ」
『じゃあどうしてそんなに小さくなっている』
木の根の間に座り込み、膝を抱えるあたしを見て、地獣は不思議そうに鎌首をかしげた。
「人見知り、してるだけです」
『別に私は人を喰ったりしない』
はじめて、はっきりと地獣が笑った。
『巻き込んですまなかった。山を下るまで、すこしだけ辛抱してほしいのだ。身の安全は保障する』
きつく巻いていたとぐろをすこしだけゆるめて、地獣は首を地面に寝せる。あたしを見上げるように、その不思議な色合いに輝く瞳を向けてきた。
「別に……ミルダに護衛させなくても、あなたの力なら人一人十分送れるんじゃないですか?」
そもそもこの山は、この地獣のおかげで穏やかさを保っている。山を統べる神様が導くのなら、ミルダの手を借りなくても平気だと思うのだけど。