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ガンジュ編 4

『でも、身体は洗っていいの?』

『汚い格好で山の中うろつくのも失礼だしな。今魔術師がふたり、山に入ってますよってことを、知らせることも兼ねるんだ。ついでに危ないものを持ってない証明にもなる』

 交代で身体の汚れを落とし、綺麗になったところで、食事をとる。そして冷え込む空気に凍えてしまわないよう、毛布を二枚重ねにして、ふたりで包まった。焚き火を使うことを極力避けるためだ。

 めずらしくその夜は霧が晴れて、木々の合間から星空を眺めることができた。この旅を通して彼の隣で眠ることにも慣れたあたしは、夜空に瞬く星を数えながら、聞こえてくる吐息で彼がまだ起きていることを知った。

『……眠れないか? ターニャ』

『眠れないわけでもないんだけど、ね』

 ただ、ようやくこの山に身体が慣れてきたようで、穏やかに横たわっていられるのが久しぶりだったのだ。

 もてあました魔力を消費するには、魔術をいくつか使うのが手っ取り早い方法だ。けれどミルダはあたしにそれを許さず、自分も使わなかった。こうも高濃度の魔力がたちこめる空気の中で魔術を使うと、ほんの些細なことでもコントロールを間違えて暴走してしまうことがあるらしい。さらに、それが軽い回復術であったとしても、魔術を使うと地獣たちが警戒を強めてしまうそうなのだ。

 この山にいると、さほど魔術の必要性を感じない。さすが地獣の加護が強いだけあって、山にいる獣たちもみんな元気だし、生態系が崩れていることもない。理獣に異常化の片鱗はまったく見られず、モディファニストのお呼びでない土地であることは間違いなかった。

『……この森ではけっこう、行方不明になる人が多いんだ』

 いくぶんまどろんだ声になりながらも、ミルダがそう話し出した。

『木を切りに山に入ったきこりが、脚を一本失って、自分で義足を作って帰ってきたっていう話は有名だし、小さな子供が迷い込んだまま帰ってこない話もけっこう多いんだ。山の中にはいらなくても、山のふもとで姿を消す人も多くて、臨月の妊婦が、お腹の中の子供を置いたまま帰ってきたって言う話もある……』

『なんでそんな、怖い話ばっかりするのよ』

『ターニャに緊張感を持たせるため』

 ぶるっと大きく身震いをして、ミルダはあたしにぴたりを身体を寄せてきた。

『狭いよ』

『寒いんだ』

 湯たんぽの要領で抱きかかえられて、あたしはすこしばかり動揺してしまう。けれど身体が密着したことで、お互いにあたたかくなったのは確かだった。

『絶対、一人でどっかに行ったりするなよ』

『……じゃあミルダも、あたしを置いてったりしないでよね?』

『わかってる』

 その言葉に、あたしは一人安心する。突然いなくなってしまいそうなミルダが、口ではっきりと言ってくれた。心の中で渦巻く不安が、すこしだけ解消されたような気がした。

『最近、若い娘がいなくなるのが多いらしいんだ……でもみんな、すぐ戻ってくるらしいけど』

 だから、気をつけろよ。最後の言葉はほとんど息だけになって、ミルダはことんと眠ってしまった。

 そしてあたしも、彼の寝息を聞いているうちに、眠りの世界へといざなわれていった。



 いつもならあたしが目覚めると、ミルダはもう起きて朝の仕度をしている。けれどめずらしく、彼はあたしを抱きしめたまま眠っていた。なんだかんだで、彼も疲れがたまっているらしい。

 ミルダを起こさないよう、慎重に腕の中を抜け出し、あたしは彼の腕にカバンを抱かせておく。そして寝乱れた髪を整えながら、水を飲もうと沼のほうへ足を運んだ。

 沼は朝もやがたちこめ、視界が悪かった。空の明るさから、朝日がもう昇り始めたのはわかるけれど、こうも深い森の中だとまずご来光は拝めない。あたしは沼に足をいれないよう気をつけながら、顔を洗った。

 どうもこのもやや、霧は、ただの水の粒ではないらしい。吸い込み、あたしはこれが密度の濃い魔力であることに気づいた。そうか、だから霧の晴れた夜は、気分が楽だったんだ。

 顔を洗い、寝癖を直し、立ち上がったあたしはめまいに身体がよろめく。小刻みに震える手は、みなぎりすぎた魔力が、あふれるのを抑えるためだった。

 身体によいものも、取りすぎると悪いんだな。

 そう思いながら、あたしはミルダの元へ戻ろうと、沼に背を向ける。

『――娘』

 どこからともなく聞こえたその声に、あたしは思わず、返事をしてしまった。



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