ディナージャ編 end
一時、重い空気が流れた。それに触発されたように、あたしは立ち上がった。
「ミルダに確認してくる」
二人の制止もきかずに、あたしはミルダが向かった先へと走り出した。
リジオさんが言おうとしていることは、こうだ。
『あの金は、ミルダが作り出したものではないのか?』
金は金獣にしか作れない。ミルダは魔術師で、間違いなく人間だ。ちょっと変わってるけど、人間であることは、あたしがよく知っている。
だからなんとしてでも、ミルダに否定してもらわなければならない。
「ミルダ、どこ……?」
あたしは湖を目指しながら、声をあげた。
「ミルダ!」
彼の姿は、すぐに見つけた。
湖の手前、木立の中。ミルダの姿を見つけて、あたしは駆け寄ろうとする。けれどすぐにやめ、木の陰に隠れた。
ミルダが、地獣と話している。その空気が、とても重い。ただの会話ではないと察して、あたしはできる限り耳をそばだてた。
「……そのことは、誰にも言わないでくれ。俺たちはすぐに、この森から出て行くから」
ミルダの声が聞こえる。けれど、地獣の声はしない。きっと彼女は、あたしにしたように、ミルダにしか聞こえない声で話しているに違いない。
「……迷惑をかけて悪かった」
あの彼が、深々と、頭をたれて見せた。驚いて、あたしは一歩、後ろに下がる。それで気配を察したのか、ミルダが振り向いたので、あたしはとっさに今来たかのように振舞うことにした。
「……湖に行こうとしてたなら、あたしもついてこうと思って」
我ながら、白々しい。けれどミルダは、それに指摘することはなかった。地獣はあたしの姿を確認すると、何もいわずに地面に戻っていった。
「……ミルダ?」
「ターニャ。やっぱり、すぐにここから離れよう」
なぜ、とは、訊くことができない。あたしは今、謝罪する彼を見てしまったのだから。
「なにか、あったの……?」
ミルダはそれに答えず、ただ、肩をすくめるだけだった。
いつものくせ。彼の行動。そうであるはずなのに、なぜだか今、とても違和感を感じる。
その曇った表情は、あたしの知らない感情が浮き沈みしている。この森で、あたしは知らなかった彼の表情をたくさん見た。
「ミルダ……?」
「行こう、ターニャ」
歩き出すミルダに、あたしはただ、黙ってついてゆくことしかできなかった。
イェピーネの森は、とても静かだった。
ディナージャ編 END