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ディナージャ編 41

 あの亀裂から吹き出した水は、高い噴水を上げ、大きな穴となった湖へとそそがれていった。噴水が四方に広がるので、雨のように水しぶきが降りそそぐ。虹ができているところもあった。

 あれだけ憔悴しきっていたはずのリジオさんが、起き上がってジュリカを抱き上げている。心配そうに娘を見上げる地獣。その視線の先で、ジュリカはピクリとも動かず、四肢を地面に投げ出していた。

「……火が、消えないんだ」

 美しかった彼女の体が、燃え続けている。ミルダが苦々しげに呟くけれど、それも耳に届かないリジオさんは、ヤケドするのもかまわず、ジュリカを抱きしめていた。

「あれだけ水の中にいたのに、どうして……?」

「この火は、ジュリカ自身なんだ。身体が異常化して、金が火に変化してしまっている」

 金属は、火の熱によって形を変える。つまり、火に弱いということ。このままだとジュリカの身体は溶けてなくなり、力尽きてしまう。あたしが言霊を唱えるよりも早く、リジオさんが金術の詠唱をはじめていた。

「静まりたまえ、焔の神よ――!」

「やめろ、リジオ」

 ミルダか制してもなお、リジオさんは術をやめようとしない。誰もが彼の魔力が限界に来ているのを知っている。そして本人もわかっている。その身体からは、まるで吹き出すように、金が溶け出していた。

「ジュリカ、しっかりしろ!」

 詠唱の合間に、リジオさんが必死に呼びかける。その甲斐あってか、ジュリカの身体からのぼる炎もすこし威力を抑え始めていた。

「ジュリカ、しっかりして!」

 あたしも、少しでも役に立てればと、ともに金術を使う。けれど、炎は一定の鎮まりを見せると、それ以上良くも悪くもならなかった。金術では、もう、ジュリカの負った傷を再生することはできないのだ。

 このまま彼女が焼け死ぬのを見ているわけにはいかない。けれど、術がきかない。どうしていいかわからず戸惑うあたしと、自らを犠牲にしてまで彼女を助けようとするリジオさん。

 そしてミルダが、動いた。

「ミルダ?」

 彼は言霊をつかうこともなく、まず先に、地獣の尾をつかんで、力任せに引っぱった。あまりの突然のことに地獣はとびあがったけれど、すぐに彼の考えを察したのか、しっぽが引きちぎられるのを黙って見ていた。

 そしてミルダは次に、あたしが着ているローブに手を伸ばす。そのポケットをまさぐり、中にあったものを、口に含んだ。それは形が悪く、小石のように輝きのない、小さな金の塊だった。

 離れることを拒むリジオさんを乱暴に引きはがし、ミルダはジュリカの上に馬乗りになる。炎が身体をあぶるのも気にせず、彼は地獣の尾をジュリカの胸の上におき、金の塊を乱暴に口の中でくだいた。

 ミルダの疲れ果てた身体に、魔力が宿っていくのがわかる。血の気の引いた彼の表情に、少しずつ、赤みがさしてきたのだ。

 そしてミルダは、ジュリカを救うべく、言霊をこめて声をあげた。


○○○


 彼が使ったのは地術だった。

「ジュリカ……」

 身体の大半が炎に焼き尽くされてしまったジュリカを救うには、金の術で補うよりも、金が生まれる前の姿に戻すほうが懸命だとミルダは考えたのだ。魔力のぶつかり合う強い閃光をまとったジュリカの身体は、徐々に、あたしたちの目に見えるようになってきた。

 ジュリカの母は地獣だ。つまり、金は大地から――土から生まれてくる。失った彼女の体を補うために、再び地獣の尾を使い、ミルダはジュリカの身体を取り戻させた。

 横たわったジュリカの指先が、かすかに痙攣する。リジオさんが頬を叩くと、ジュリカのまぶたが、わずかに開いた。

「ジュリカ!」

 リジオさんが、呼びかける。彼女の顔は炎にあぶられたせいでただれているけど、それも術の効果が続いているのか、すこしずつ消えてゆく。右目からはまだかすかに火の涙が流れていたけれど、残り火だった。

 姿かたちはジュリカだ。やけどのあとこそあるけれど、ジュリカだ。けれど彼女は金獣の証であるような金に輝く肌を持っていなくて、かわりに母親のように、陶器のようなつややかな白い肌をしていた。

 かろうじて、髪やまつ毛は金色に輝いている。けれど肌の色が違う。それは金獣とも地獣とも言えず、まるであたしたち人間のようだった。


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