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ファジー編 6

「――は!?」

 思いっきり開いたその口を覗き込んで、ミルダは確信を強めたらしかった。

「会ったときから何か違うとは思ったけど……そうだよな。母親が魔術師で弟もそうなら、ターニャが魔術師でもおかしくないか」

「やややや、イヤ、違う!」

「だって喉黒かったじゃん」

「だってあたし魔術師じゃない!」

 魔術というのは誰もが内に秘めているものだから、訓練次第で誰でも魔術師になることができる。お母さんはもちろんたくさんの鍛錬を重ねたから種火なしで暖炉に火をつけることができたのだし、コードだって寝る間も惜しんでここまで来たのだ。

「あたしは、魔術師になる訓練なんて一切やってないよ」

 大地の理や理獣・理術に詳しいのは、お母さんが教えてくれたから。そう、お父さんから聞いた。

「……素質はあると思うんだけどな」

 ミルダの引きはあっさりしすぎていて、あたしはもうすこし喰らいつかないのかと残念に思う。

「まぁでも、村のまわりの理獣の様子は知ってるんだろ?」

 洞察力が鋭いというのだろうか。物事をズバズバとあててくる。彼の瞳は千里眼かもしれないと思って、あたしはさりげなくそれを覗きこんでみた。

「森で俺たちをつけてたヤツ、何かわかるか?」

「水獣だと思う」

 即答すれば、満面の笑みを見せてくれる。言葉なくほめられて、あたしは自然と顔が熱くなった。

 水獣は、あたしたちの村に多く存在する理獣で、森で出くわすこともそう少なくはなかった。気性の荒い、狼の姿をした獣だけど、こちらから危害を加えなければ決して襲ってなどこないはずだ。

 けれど最近、どうにも様子がおかしい。

 川のせせらぎに似た息遣いは泡がこもっているように苦しげで、艶をおびた銀の毛並みがパサパサに乾いてしまっている。機嫌がいいとあちらからちょっかいを出してくるのに、最近では森で馴染みのあるあたしまで警戒する始末だった。

「村の人とかで、最近おかしな行動を見せる人とか、いるか? 村長の娘なら、日ごろみんなと会話してると思うんだけど……」

 なぜあたしの日常まで当ててくるのだ。

「いないと思う。……ねぇ、そんなこと訊いてどうするの?」

「さっきモーダさんに『魔獣の様子がおかしいから調べたい』て言っただろ」

 小さく息を吐いて、ミルダは再び食卓に手を伸ばす。緊張や大地の理の説明でほとんど食べていなかったから、お腹が空いているらしかった。

「たぶん、水獣が異常化し始めてるんだ。その原因をつきとめて、元に戻してやらないと」

「でもこの村貧乏だから、謝礼金なんて払えないよ?」

「タダで寝る布団と食事を提供してくれたんだ。それぐらい、お礼したい」

 果物に巻いた生ハムだけをはがし、お酒と一緒に流し込む。指についたらしい塩気を舐めとってから、残された果物の甘さに頬を緩めた。

「原因とか、すぐにわかるの?」

「ターニャが協力してくれるからな」

 一方的な決定に、あたしは思わず絶句する。そんなことにおかまいなしで、彼は話をすすめてきた。

「ミュラミネ村は外の集落から離されちゃいるけど、なかなか資源が潤った村だ。天候の荒れも見られないし、伝染病が近づいてきているわけでもない」

 隣の椅子を引いて、着席を求める。そしてあたしが座るとクロワッサンを渡し、食べ終われば逃げないよう別の食べ物を与えてきた。

「こういうときは旅の経験上、人間が関係してるんだ」

 飲み物にミュラ酒をすすめられたけど、それは丁重に断っておく。あたしの飲みかけのポタージュは、ぬるくなり始めて膜が上あごにはりついた。

「で、その人間もある程度検討はついてるから」

「もう?」

「俺を誰だと思ってるんだ?」

 ミルダが、謙虚なんだか高慢なんだかわからなくなってきた。ただひとつわかるのは、彼のその自信に満ちた態度が、不思議と不快感を与えないことだけ。

「明日朝一で森に行く。ターニャもくるよな?」

 家の中なのに緑の香がするのは、ミルダがいるから。その香が強くなった気がして、あたしの身体は自然と力が抜けた。

 まるで、森の木々に抱きしめられているような気分だ。その心地よさに、つい是と返事をしそうになってしまう。

「くるよな?」

「……うん」

 得も知れぬ気迫に負けて、あたしは気づけばうなずいていた。

「よし、決まり」

 またしても嬉しそうにあたしの頭を撫でる彼がマイペースだということは、もう完璧に理解した。自分の思うとおりにいけばそれはそれは盛大に喜んでくれるけど、逆にうまくいかなければ機嫌を損ねる。

 そんな彼に調子を合わせるのは、大変だ。会ってまだ初日だというのに、あたしはそう解して疲れを覚える。

 ただ、それを嫌だと思わせないのが、彼の魅力だというのがとても身にしみた。


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