ディナージャ編 33
「リジオ。ジュリカを探したほうがいい」
「ジュリカなら大丈夫」
「大丈夫じゃないから言ってるんだ」
余震が来ても、やはり地面は小刻みに震え続けている。これは余震じゃなくて、ひとつの大きな地震がずっと続いているのだろうか。あたしはよつんばいになって、バランスをとりながら立ち上がった。
そして、気づいた。
「湖が……」
あれだけ満ちていたはずの湖の水が、どんどんひいていく。湖底の、ちょうど抉り取ったようにするどい割れ目があるところ。その亀裂は大きく広がり、水が吸い込まれて大きな渦ができている。
「この地震で、バランスが崩れてるんだ。森を守る湖も消える。そうしたら、もっと地震がひどくなる」
その前に、ジュリカを探すべきだ。ミルダが言った。揺れによろめくあたしの身体をささえて、肩で息をしているリジオさんを見下ろした。
「それ以上、金の苺を使わないほうがいい」
「え……?」
思わず見下ろすあたしに、リジオさんは、罰が悪そうに笑ってみせた。
半ば引きずるように身体を動かし、リジオさんは湖のほとりで、みるみるかさの減っていく水を口に含んだ。
「もう、ひとつふたつはいける。おれは丈夫なんだ」
その頬を、汗が流れる。いつ切ったのか、手の甲を血がにじんでいる。充血した目は、湖にうつる自分を見つめていた。
流れ落ちる汗、皮膚を伝う血、血走った目。そのはしばしに金が混じっていることに、あたしは気づいた。
額をぬぐった手首に、砂のように細かな金が付着している。それは間違いなくリジオさんの身体から排泄されたもので、傍目にも身体によいものではないとわかるものだ。
きっとこれが、魔力を高める金の苺の、大きな代償なのだ。
「それ以上使ったら、身体に金がたまって、中から腐っていくぞ」
「大丈夫だって。まだ、おれの体はたえられる」
ふう、とひとつ大きな息をつき、リジオさんは立ち上がった。
「第一、こんなとき以外にいつ、苺を使う? 森が危ないんだ。モディファニストとしての使命だろう」
「自分の身を犠牲にするのが使命なら、俺はごめんだな……」
あざ笑うかのようなミルダの口調に、リジオさんは怒りもせず、ただうなずいた。
「おれもごめんさ。けど、おれにはあんたみたいに高い魔力なんて備わっていない」
「昔の俺もそうだった。けどな、魔術の使いようで、いくらでも魔力は温存できるし回復も早くできる。金の苺は、ただの毒なんだ」
金獣が苺の毒に倒れないのは、体内で毒素である金を固め、排出できるから。もちろん体内にある苺は強い魔力を持ち、宿主に魔力を与えるけれど、排出機能のないあたしたち人間には、いずれつもり積もった毒に身体を蝕まれることになる。
「休んだほうがいい。それ以上は無茶だ」
「大丈夫だって」
ミルダの説得に、リジオさんは応じなかった。
「大丈夫だ。今、ジュリカが戻ってくる……」
リジオさんが見つめる先の茂みが、たしかに動いた。
「ジュリカだ!」
リジオさんの言うとおり。茂みの向こうから、ジュリカが走ってきた。
あいかわらず綺麗な身体だな。頭の隅で、ぼんやりとそう考えてしまう。彼女が現れたのは、あたしたちと湖をはさんで、向こう側の森。湖をまっすぐ突っ切れば近いけれど、湖畔を通らなければならないから距離は長い。自ら迎えに行くために、リジオさんは走った。
もちろん、それにあたしたちも続く。ジュリカが心配だったのもある。けれどなにより、ふらついた身体で走る『恋するモディファニスト』が何より危なっかしいのだ。
遠目ではただたんに走っていたと思っていたジュリカは、両手で顔を覆いながら走っていた。それでは前がよく見えないではないか。あたしの心配もよそに、彼女はまっすぐ、湖へと向かって走ってくる。
「――ジュリカ、だめ!」
普通なら、飛び込んだところで泳げればなんら問題のないところだ。けれど今、自身のせいで水が引きつつある湖は、ところどころこぶのある岩肌がむき出しになっている。落ちたら、それなりに衝撃がある。