ディナージャ編 31
「金獣……ジュリカのことで、すこし言ってやろうと思ったんだ。けどそれがどういうわけかのろけ話にかわって、結局核心には触れられなかったんだけど」
「ジュリカはその時いなかったの?」
「いなかった。というか、そんなにマメにジュリカに会ってるわけでもないみたいだ。ジュリカはジュリカで自分の群れにいて、金獣の世界を生きてるから、リジオもなかなかそこには踏み込めないみたいで……」
のろけというか、ある種の相談になっていたのではないだろうか。違う種族を生きるリジオさんとジュリカには、超えなければならない壁がいくつもある。というかそもそも、まずはリジオさんの気持ちに対してジュリカがどう思っているのか、あるいはジュリカはリジオさんの気持ちに気づいているのか。
「なんか話してるうちに、突然地獣が出てきた。あれはさすがにびっくりした」
きっと、ジュリカのお母さんだ。そういえばミルダはまだ、会ったことがなかったのだ。
「で、地震が来るから湖に避難しろって言われて、俺はターニャを探しに街に向かうことにした。リジオは先に、地獣と湖に向かったんだ」
「じゃあ、ジュリカたちはみんな湖にいるのね?」
「たぶんな。ここの生き物たちはみんな湖が一番安全な場所だって気づいてるだろうし」
あたしたちは森のことばかり気にしているけど、はたしてイェピーネの街は大丈夫なのだろうか。あれほど家がひしめき合って立ち並んでいるのだから、倒壊でもしたら大変なことになる。
「もともとイェピーネの土地は、地震が頻繁に起こるらしいんだ。だから街も、地震に備えたつくりになってるらしい。地獣たちがいつも、地震がひどくならないように守ってくれてるんだ」
「でも、今回のはずいぶんひどかったけど……」
「だから、守ってなお、これだけなんだよ。地獣がいなかったらきっと、また山が割れたりしたんだろうな」
どうやらミルダは、イェピーネの昔話を知っているようだ。あたしは先ほど、街で怪しい老人に教えてもらったばかりだというのに。長年旅を続けていた彼のことだから、以前にもここを通ったのかもしれない。
長年といっても、ミルダはまだ二十歳。十三で旅にでたというから、旅人歴は七年だ。経験も何もかも、リジオさんや他の魔術師のほうが上であるはずなのに。ミルダは教えてくれないけど、彼はさまざまな土地の話を知っている。
あたしと三つ四つしか変わらないはずなのに。そんな思いをこめて彼の頭を見る。金色の髪は、どこかジュリカたち金獣を連想させる。ミルダが経験をつんだ魔術師だからだろうか。
「あぁ……喜べ、ターニャ」
ミルダが突然歩みを止めて、あたしはじっとミルダを見つめていたことに気づいた。
「湖だ」
うっそうと生い茂る木々の向こうで、たしかに水面が光を反射した。
「……ミルダと、ターニャか?」
あたしとミルダ以外の、人の声。それに安堵の息をついたのは、なによりもミルダだった。
「リジオさん……!」
ミルダの背中から降りて、あたしは湖に向かって手を振った。