ディナージャ編 26
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「足元って言われてもねぇ……」
翌朝。あたし緩んだブーツの紐を締めながら、地面に向かって呟いた。
おかげさまで、服は乾いた。けれどあの厚手のローブだけはまだ湿っていて、昨日に引き続きミルダのローブを借りることになった。
ミルダは身長があるだけに、ローブの丈も長い。あたしもそれなりに身長はあるほうだけど、サイズが合わないのは自分でもよくわかる。
普段なら別にそれを気にしたりしない。着るものがあれば全然いい。旅をするにあたって、不便でなければそれでいい。
でもやはり、人の多いところにいると、気になってしまうのも事実だった。
あたしはイェピーネの町中にいた。
あの湖のことや、リジオさんのこと、ジュリカのこと。気になることはたくさんあるけれど、今日は町におりるようミルダに言われたのだ。森を抜け、階段を下れば、湖の静けさが嘘のようににぎやかな大通りに出ることができる。
石畳の道。お互い競い合うように屋根を並べる金細工の店。日当たりの良いところでは露天商がいて、甘い香りを漂わせながら飴細工をつくっていたりもする。
声を張り上げて客引きをする人たちには申し訳ないけど、あたしは金細工を買うつもりはない。というか、お金がない。本日ミルダに渡されたお金は、あたしが湖に落ちて駄目にしてしまった薬草などを補充するぶんだけで、もう使ってしまっていた。あたしもそれなりにお小遣いをもらっているけど、なるべく無駄遣いをしないように心がけている。
おつかいの品が入った紙袋を抱え、あたしは一休みしようとあたりを見回す。ベンチでもあればいいのだけど、見当たらない。休むためには、どこかの店に入らないといけないようだ。
「金で潤ってるわりには……」
「けちくさい、と言いたいのかな?」
突然声をかけられて、あたしは驚き、間抜けな声を出してしまった。
さすがに地獣ではない。露天を出している老人だ。真っ白な髪と真っ白なひげに顔をうずめて、いかにも胡散臭そうな品を並べている。鼻の頭が赤いところを見ると、昼間からお酒を飲んでいるようだ。
思わずその場を立ち去ろうとするあたしに、その人は声をかけてくる。まぁ、ここで休むといいと、石畳の上にやわらかそうなクッションをおいてくれた。
「でも……」
「いいから、座りなさい」
こんな時ミルダがいてくれたら、即座に断ってくれるのに。あたしはまだまだ、身を守るすべを知らない。なにかあったらすぐに逃げようと思い、あたしは老人のすすめにしたがった。
「お嬢さん、これはその昔、東の国の守り神とされていた鳥の羽根なんだよ」
「はぁ……」
たぶんこの老人は。言葉巧みにあたしに品物を買わせようとしているのだろう。残念ながら、あたしはそういうのに興味もないし、持ち合わせもないから買うこともできない。
「これは、土の守り神のしっぽの切れ端さ」
「はぁ……」
「これは、木の化身の血潮から作られた妙薬」
「へぇ……」
どれも本当に胡散臭い。
あたしが露骨に嫌そうな顔をしているというのに、老人は次から次へと品物をすすめてくる。言っていることから、これは理獣たちに関するもののようなのだけど、あたしにはその品物たちに魔力を感じなかった。
「金の苺はご存知かな? 意中の相手をとりこにする惚れ薬だぞ」
嘘です。金の苺は魔力増強剤で、副作用の強い毒の苺です。
老人の甘い言葉に惑わされることもなく、あたしはただぼんやりと、薄汚れた骨董品たちを眺めている。どこの国のともわからないお金。飲んだら明らかにお腹を壊しそうな薬。買わないほうがいいと思う反面、休ませてもらっているのだし、何か買ったほうがいいのだろうかとも思ってしまう。
でもどれも高いんだろうな。買ったら絶対ミルダに怒られるな。頭の中で呟きながら、あたしは薄汚れた石を一つ、手に取った。
変哲もない石だ。黒ずんで、穴だらけでとても軽い。こんな石なら、この町を歩けば石畳にだって使われている。
せめて、アクセサリーとか。昨日のお礼に、ジュリカに似合う櫛でもあれば。
石を握ったまま、毛布の上に並ぶ品物たちとにらめっこをする。