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ディナージャ編 23

「だって……」

 うつむくあたしに、ジュリカが微笑みかける。どうやら前髪を梳きたいらしく、櫛を顔の前にちらつかせてくる。あたしは素直に首を下げた。

『もしかしたら、これからそういう現象が起きるかもしれないしね。なんだか最近森の様子がおかしいから、あなたたちはそれを教えにきてくれたのかも』

「森がおかしいの?」

『最近、ね。なんだか土が不安定だから、私たちも落ち着かないのよ。あの坊やのこともあるし』

「坊や?」

 食いついたあたしに、地獣は瞳でしまったと呟いた。

「それってもしかして……」

『それ以上言わないで』

 不意に、地獣の声がこもった。

『ジュリカには知られたくないの。今、私の声はあなたにしか聞こえないようにしてるわ。お願いだから、このことをジュリカに言わないと約束して』

 地獣の声は、テレパスに似ている。普段は外にも聞こえるようにしているけど、必要であれば特定の人にしか伝えない。ミルダの術は、きっと地術の応用だろう。

『リジオ君、最近、魂移し(たまうつし)の練習をしているみたいなの』

 魂移し。思わず口に出そうとして、あたしは唇の裏を噛んだ。

 地獣はあたしがもっと驚くことを想像していたらしく、物足りそうに鎌首をもたげている。それにあたしは目配せをして、そっと息を吐いた。

 やっぱりそうか。

 うすうす感づいていたことが、これで確実なことになった。まさかまさかと予想して、一人で心配していたけど、こうして事実を教えてもらったら、正直気が楽になってしまった。

「……あ、終わった?」

 ジュリカがあたしの肩を叩いて、終了を告げる。彼女のお母さんとこっそり話をしたのは、まったく気づかなかったようだ。

「どうもありがとう」

 どういたしまして。そう、ジュリカが微笑む。慣れてしまえばなんとなく通じるものだ。

「それじゃあ、そろそろ戻ろうかな」

 地獣がなにか言いたげな表情をしたけど、あたしは気づかないふりをして立ち上がった。もう行ってしまうのかとジュリカが腕を引くけど、やんわりとふりほどく。

「いい加減戻らないとミルダたちが心配するから」

 あの軟膏のことを考えると嫌になるけれど、やはりミルダと話がしたい。ローブをしっかりと身体に巻きつけると、ジュリカが手に金の櫛を握らせてくれた。

「これは受け取れないよ……」

『金獣の金は魔力があるの。持っていなさい』

 返そうとすると、地獣にもすすめられる。さすがに断りきれなくなって、あたしはそれをポケットにしまった。

「また、来てもいい?」

『もちろん。あなたとはまだまだ話したいことがあるからね』

 その話したいことの中には、きっとリジオさんのことがある。けれどお互いに、たとえ聞こえないとしても、ジュリカの前で彼の話をするのがためらわれると思っていた。

「それじゃあ……」

 ひやりと冷たい靴を履いて、いざ森へと戻ろうとする。一歩、二歩、と歩いたところで、大きな風が足元を駆け抜けた。

「……ミルダが来る」

『え?』

 あたしの言葉に、地獣が反応した。

『どうしてわかったの?』

 わかるの、ではなく、わかったの。大地を統べる地獣ならば、いつどこに誰がいるかを把握するのは簡単なことで、今ここにミルダがやってこようとするのも気づいていたのだ。

 残念ながらあたしに地獣のような能力はなく、しかもさほど地術を会得しきれていない。それでもわかるのだ、ミルダが来ると。

「風が違った」

 四方を囲む木々とは違って、あたしが身にまとうローブよりも爽やかな、あの緑の香。それが風に乗ってやってきた。

 それはとてもごくわずかな香りだから、かぎなれない人にはわからないけど、あたしにはわかる。ミルダが近くにいる。いつもはこんなに敏感ではないけれど、きっとすぐそばに理獣がいることで、魔力が研ぎ澄まされているのだろう。

「それじゃあ、あたし行くね?」

『ええ、おやすみなさい。足元に気をつけてね』

 ジュリカが手を、地獣が尾を振る。それに応えながら、あたしは気持ち早足に湖を出た。


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