ディナージャ編 21
五つの理獣の中で唯一、人の言葉を操ることができるのが、この地獣なのだ。
『こんなに若いのに、旅をしているのね。あの男の人はお師匠様なんでしょう? あっちも、ずいぶんと魔力が高そうだったわね』
しゃべるたびに、口から赤い舌が伸びる。首筋を撫でられるとくすぐったくて、あたしは噛みつかれるかもしれないという恐怖なんてまったく感じなかった。
『なんだか、見ててうまく会話ができなさそうだったから、私が伝えてあげようかと思って。ジュリカ、このお嬢さんに何が言いたいの?』
地獣の首が、ジュリカへと伸びる。そしてその漆黒の瞳が彼女のとまじわると、なるほどね、と呟いた。
『ターニャ、というのね。あなた、金術は使える?』
「えぇ、まぁ」
理獣は、お互いに意思の疎通をすることができる。言葉を操れないジュリカのかわりに、地獣がしゃべるのならば、あたしも会話をすることができるのだ。
『ジュリカが、金術を使ってほしいんですって』
「どういうふうに?」
『それはこの子が操るから、あなたはただ、術を使ってくれればいいだけよ』
地獣の説明に、ジュリカがうなずく。あたしの手に金を握らせて、言霊をつむげと唇を指差した。
「金術を使うのね?」
うん、お願い。ジュリカのまなざしに、あたしはひとつ深呼吸をした。
それほど強く使わなくていいのだろう。ささやく程度でいいかもしれない。金の言霊。水を生み、炎に倒れる、金の言霊をつむげばいい。
「――ディナージャ」
手の中の金が、光を放った。
指の隙間から、光が漏れる。閃光のようにまぶしい光はあたしの手を赤くうつし、漏れた光は四方に向かって線をひいた。
その光の漏れを防ぐように、ジュリカが手を重ねる。かすかな隙間からのぞく光は色を白から紅へと変え、虹色の順に、変化していく。
『まぁ、綺麗』
地獣が感嘆の声をあげる。あたしの手の中で、金が溶けて液体になっていた。熱さはなく、ジュリカに転がされて、少しずつ形を成していく。
光とともに吹き上がる風が、ローブにしみこんだ緑の香を巻き上げ、あたしの髪を波立たせる。
まるで、ミルダが術を使ったような――。
『できたわよ、手を開いてみて』
一瞬、あたしは思考が飛んでいたらしい。地獣の声に、はっと我に返った。
ジュリカはもう手を離していて、あたしが一人、強く手を握り締めている。力をこめすぎて手は白くなっていて、あたしはあわてて力を抜いた。
「――綺麗」
そこにあるのは、見事な細工を施された、ひとつの金の櫛だった。
「なんか、贅沢だね」
『使い心地はどう?』
「最高」
あたしは、膝の上に乗る地獣の背を撫でた。
出来上がった金の櫛で、ジュリカはあたしの髪をすき始めた。櫛を作ってまで梳きたいと思うぐらい、あたしの髪はボサボサらしい。自分でやろうとすると頬を膨らませたので、あたしは彼女に任せることにした。
「ジュリカは、あなたのお友達か何か?」
背中をジュリカにあずけて、あたしは地獣と会話をする。月はさらに高くのぼり、水面にうつる姿も小さくなっていた。
『違うわ、娘よ』
「娘!?」
彼女と地獣を見比べようと頭を動かして、ジュリカにおさえられてしまう。蛇から人が生まれる。理獣だとわかってはいるけど、それはにわかに信じがたいことだった。
「親子、なの……?」
金獣の生殖については、まだ謎が多い。
理獣は基本、雄と雌が交尾をして、子供を生む。あるいは、自分の一部から、新しい子供を作る。寿命を迎えて、自分の身体を次の理獣へと変化させることもあったけど、金獣の発生についてはまだ憶測が飛び交うばかりだった。
金獣は生殖活動をしないから、自分の身体から新しく子供を作るのが一般的な考えだった。あるいは、大地から直接生まれるか。
『すべての金獣がそういうわけではないけど、ジュリカは私から生まれたのよ』