ディナージャ編 17
次からはお互い、予備の服を交換して持とう。どう考えてもサイズの合わないズボンを手に持ち悩んだミルダの提案に、あたしは乗った。これからまた、水に落ちる可能性がないわけではないのだ。丈の長いシャツをワンピースのように着て、ローブを上に重ねて。ローブの下の生脚が頼りなくて、こんな思い二度とごめんだった。
「ターニャも飲むか?」
リジオさんが、琥珀色の液体をすすめてくる。アルコールがつんと鼻をつく。あたしが断る前に、ミルダが手で制した。
「まだ子供だから」
「今回は何もいれちゃないって」
笑いながらも、リジオさんはお酒を引っ込めた。
薪がはぜて、火の粉が舞う。それぞれ薪を椅子の代わりにして、火にあぶったお肉や、ぐつぐつ煮えたスープを飲む。綺麗な宿もいいけど、こうして野宿とはまた違う野外泊もいいかも、とあたしはポツリと思った。
しいていえば、もう少し暖かいほうがいい。身震いをして、あたしは身体を丸めた。膝を抱えた拍子にローブがすべって、脚が丸出しになる。素肌をじかに火のそばにおくと火傷してしまいそうになるからあわててしまったのだけど、リジオさんはそれを見逃さなかった。
「……ターニャ、脚、どうした?」
訊かれて、あたしはなんでもないと首を振る。でも、彼は引き下がらない。
「なんでもなくないだろう、今、ちょっとだけど見えたぞ?」
本当に大丈夫。気にしないで。あたしは懸命になんでもないとうったえるのだけど、その様子を見ていたミルダが、乱暴にローブから脚を出した。
「……ちょっと!」
年頃の娘の脚線美をそう簡単に出してくれるな。とっさに抗議の声をあげるけど、ミルダは目を鋭く細めただけ。リジオさんは、ほら見ろ、と呟いた。
「どうしたんだ、これ」
右膝の皿が、赤黒く染まっている。ところどころ青みがあり、一目で痣になっているとわかるだろう。
「今日、ぶつけたの。別にいつものことだから、気にしないで」
あたしは早く膝を隠そうとするけど、ミルダの手がそれを許さない。リジオさんが痣をまじまじと見て、すぐにミルダを見上げた。
「ミルダは知ってたのか?」
「……いや」
そりゃそうだ。あたしは一言もいわなかったのだから。
イェピーネの街に下りる階段で、転げ落ちそうになったとき、ぶつけてしまった膝だ。ぶつけたときはそうとう痛かったけど、すぐに痛みもひいて、金獣だ湖だとあれこれあったから、正直この膝のことを思い出したのはミルダの服に着替えたときだった。
「いつものことなの、あたしおっちょこちょいだからあちこち痣つくってるの」
険しいリジオさんの視線に、あわてて声をあげる。この痣のことは、ミルダに言っていない。でもこのままだと、彼が怒られるのではないだろうか。
「弟子が怪我したとき、お前はどうしてるんだ?」
「ほっといてる。ターニャは治療術も使えるし」
ただいつも、あたしが使わないだけ。使うと悪化させることが多いから、自然治癒ささているだけ。必死に弁解しても、リジオさんの詰問は解かれない。
ミルダは悪くない。何も言わなかったあたしが悪い。
「あのっ」
どんなに言っても、二人は聞いていない。お酒が入っているから、やや声にとげがある。今回は魔術師を試すとかそういうのじゃないのだ。喧嘩になったらとんでもないことになりかねない。
「師匠ならそういうのはちゃんとしてやれ。ましてやターニャは女の子なんだ、弟子であるには変わりないけど、痕でも残ったらどうするんだ」
ああやっぱり。あたしは内心、頭を抱えた。
これはあたしが勝手にやった怪我で、しかも報告する以前にすっかり忘れていたもので、見た目より全然いいのだ。ただの青あざのようなもの。皿が割れてることなんてない。
「……そうだな」
ミルダはただ、認めた。唇をとがらせることもなく、しゅんと頭を落としている。気の強い彼のことだから何か言われたらカチンと来るに違いないと思っていたけど、こういう態度でくるとはあたしも予想外だった。