ディナージャ編 16
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「初めて金獣を見た感想は?」
「ミルダがいっぱいいるみたいだった」
「それは……どういう意味だ?」
知らない、と、あたしはローブからはみ出た足をひっこめた。
やはりイェピーネは昼夜の温度差が激しく、日が落ちるととても冷える。ずぶ濡れのあたしが風邪をひかないよう、リジオさんはテントの外で火を焚いて、温かいスープやご飯をご馳走してくれた。
「悪いな。あのあとさっさと帰るべきだったんだけど、つい話し込んじまった」
リジオさんがしおらしげに謝るので、あたしはいいえいいえと首をふる。
結局ミルダに発見されたあたしは、ずぶ濡れのままあの湖にとどまり、せっかくだからとミルダに理獣の教えを受けていた。あとからたくさんの金獣があらわれたときの彼の喜びようといったらなかったけど、やはりジュリカを見たときの驚きのほうが強かったと思う。
金獣は独自のフェロモンでもあるのだろうか、人目をひく生き物であり、人間の女の子はもちろん、他の生き物もつい引き寄せられてしまう。金の苺のなるあの湖に金獣が集まるから、他の動物たちもついその湖に行ってしまう。豊かなところであると、他の理獣たちも集まっていく。
だからあの湖の付近には、生き物がいなかったらしい。
たしかにあたしも、金獣を見たとき、いいようのない高揚感のようなものがこみ上げてきた。ジュリカに抱きしめられたとき、自分が赤ん坊で、あやされているような気分にもなった。金獣には魅力というか惑わす力のようなものがあり、その金獣に恋をしてしまう娘の悲恋話などをよく聞くけど、実物を見るとたしかにそれもありうると納得してしまう。
リジオさんが金獣に恋をしてしまっても、不思議はないと思った。
ミルダが言った『魔獣に恋したモディファニスト』。リジオさんは、他の魔術師たちにそう噂されているのだ。
理獣について教えてくれたとき、ミルダは仲睦ましげなリジオさんとジュリカに何度か視線を投げていた。言葉が通じないながらもコミュニケーションをとる二人の中、リジオさんがジュリカに向けるまなざしは、事情を知らなくてもきっと彼女に恋をしているのだとわかると思う。それにジュリカが気づいているのかは謎だけど。
リジオさんもやはり、他の娘と同様、ジュリカとは悲恋で終わってしまうのだろうか。人の恋話には興味があるし、それが魔術師と理獣となれば、ミルダも好奇心をおさえきれていない。
でも、面と向かって訊くことは、彼もあたしもタイミングをつかめず切り出せていなかった。
「のどが痛いとか、ないか? 寒気はしないか? もっと火、強くしたほうがいいか?」
当のリジオさんはあたしを心配して、あれこれしてくれる。自分が警告しておけば、湖に投げ込まれなかったと気にしているのだ。ミルダの指示でこっそり調査をしに行った身としては、胸の奥に罪悪感が宿ってしまう。
「ターニャはそんなにか弱くないから、心配しないでいいって」
ミルダにあたしと同じ思いはあるのだろうか。顔を見ても、読み取ることはできない。ローブをあたしに貸したため、寒いのだろう、スープのおかわりをしていた。
「寒いなら、酒でも飲むか?」
「いいね!」
すっかり仲良しだ。
水浸しになったあたしの荷物は、全部干している。持ち歩いていた薬はだいぶダメになってしまったけど、あたしがあれだけ気にしていたミルダの魔術書は無事だった。乾いたらしわしわになってしまうかと訊いたら、魔術書にはあらかじめ術を施しているため、水に濡れようが火にあぶられようが無事なのだという。
問題はあたしの着替え一式で、こればっかりはどうしようもない。きっと術を使えば一瞬で乾かすことができるのだろうけど、ミルダは本当に危機的状況にならないと自分たちのために術を使わない。あたしが使うと乾かしすぎて燃やしてしまうかもしれない。だからしかたなく、自然乾燥することにした。
ちなみに、下着類はちゃんと男性陣の目に触れないところに移動している。
そんなわけで今、あたしはミルダの服を借りている。サイズが合わずぶかぶかだけど、裸の上にローブを巻くよりはいい。旅人という身としてはあまり着替えを使いたくないのだけど、リジオさんに着替えを頼んだら真っ赤な顔をして拒まれたため、しぶしぶ着たという感じだった。