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ディナージャ編 14




 あたしの予想通り、湖の奥は深かった。しかも冷たくて、身体がこわばってうまく動けない。

 口と鼻から漏れる息が、小さな泡になりながら水面へと昇っていく。太陽の光を反射して網目模様をつくる水面はとても綺麗だけど、自力でそこまで泳ぐのはけっこう大変そうだ。

 冷たい水に身体がすくむけど、おかげで頭も冷やされる。息を吐き出すまいと口を手で押さえ、あたしはがむしゃらに水を蹴った。

 そんなあたしを興味深そうに眺めるのは、こんな状態にしてくれた張本人で、その正体がいったい何なのかも、醒めた頭ではすぐにわかる。

 金獣だ。

 水獣は狼。樹獣は獅子。焔獣は鳥で、地獣は蛇。理獣はそれぞれ、他の生き物の姿を模している。

 金獣は、人の姿だった。

 髪や瞳は金属の色をしているけど、さすがに肌には光沢がなく、けれどあたしたちのような肌色ではない。卵色というのだろうか、あの階段の色より、少し薄い。

 金獣は人間の中でも男性の身体をしていて、衣服などは一切まとっていないけど、性別の象徴はなく、生々しさはない。体つきや顔立ちはほとんどあたしたち人間と変わらなく、肌には金色の紋様があり、裸というよりは、身体のラインにあわせた服を着ているようにも見えた。

 金獣は好奇心が強く、いろんな生き物にちょっかいを出したり勝負を挑んだりする。今回その標的となったのがこのあたしで、金獣はしげしげとあたしを眺め、髪の毛を引っ張ったり腕をべたべた触ったりしてきた。

 これが陸上でのことならあたしも何か返すけど、水中でしかも息が続かないとなれば無視するしかない。金獣は苦しくないのだろうか。あたしはそろそろ限界だ。

 故郷の地下水脈を流れたときは、水獣がいてくれたから、水を飲んでも苦しくなかった。でも今、見渡す視界に水獣の姿はない。先ほどの水獣ももうあがってしまったのだろう。近くにいれば魔術で助けを呼べるけど、あいにくあたしも今、魔術を遣う余裕がない。

 水面はもうすぐで、しかも目指していた向こう岸にいる。直角に抉り取ったような岩壁が、すぐ目の前にある。金獣はどれだけ力をこめて放り投げたのか、向こう岸にたどり着けたのはありがたいけど、このまま溺死したら元も子もない。

 あとちょっと。あとちょっとだとわかっているけど、あと少しの力が出ない。ついに息がすべて出てしまい、あたしは苦しさに、もがくこともできなかった。無駄だと思うけど、首に手をあて、何とか空気を探す。金の苺が生える岩肌をつかみ、なんとか這い上がろうと腕に力をこめる。

 せっかく浮いていた身体が、とまり、しがみつかなければ沈みそうになる。それを見てようやく金獣が察したのか、再びあたしの腕を取った。

 やっぱり男性なだけあって、力は強い。水中であたしを押し上げてくれる。

 もう一息。もう一息で水面だ。その水面から、一本の腕が伸びていた。細く、しなやかで、指や爪までも繊細なガラス細工のような手が、キラキラと輝く水面から一本、あたしに向かって下ろされている。

 最後の力を振り絞り、あたしはその手にしがみついた。

「――――っ、は!」

 顔が水から出た瞬間、あたしは息を吸おうとして、逆に咳き込んでしまった。

 故郷でのときと同じように、息を吸うより、飲んでいた水を吐き出すほうが先で、せっかく空気に触れているというのにろくに呼吸もできない。上からあたしを引き上げてくれたのもまた金獣で、その小さな手であたしの背をさすり、逆に湖に放り投げた仲間の頭をもう片方の手でひっぱたいていた。

 大丈夫、と、覗き込む瞳が問うてくる。なんとか呼吸を再開したあたしは、朦朧としながらも、大丈夫だと頭を振る。すると安堵の息とともに、腕の中に抱きかかえられ、柔らかい胸に顔をうずめる結果となった。

 よかったよかったほんとうによかった。金獣がそう、身体で喜びを表しているのがわかる。一瞬とはいえもうだめかもしれないと思ったあたしは、無事に生きていられることに喜びを感じた反面、やっぱり頭は冷静で、この金獣に違和感を感じた。

 なぜ、この金獣には乳房があるのか。

 金獣は男性の姿であるが、生殖機能がないと、本にあった。他の理獣とは違い、金獣だけは仲間の間から子供をもうけることがない。だから男性の姿で、よく人間の娘が恋に落ちてしまったりするわけで。

 でも、この金獣は、女性なのだ。


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