ディナージャ編 12
この湖の源は、この苺たちだろう。もちろん地下水脈かなにかもあると思う。でも、この苺が関係しているのは、一歩踏み出すたびに、ちゃぷちゃぷと水が靴を濡らすこの金の海でわかる。
五行説には、勝つものと、生むものがある。
たとえば火の場合。火はものを燃やすから木に勝つと思うかもしれないけど、火が勝つのは金。金属を溶かすからだ。その火を生むのは燃料となる木で、燃え尽きた火は灰を残し、土を生む。
金は火に溶かされてしまうけど、斧となって木を切り倒すことができるから、木に勝つ。逆に金は土の中から生まれ、冷えると表面に露がつくから、水を生むのだ。
金の苺は冷たく、その実に露をつけている。多くの苺の露がたまり、斜面を流れ、そしてあの湖にたまっていた。
苺の冷気が次第にあたしの身体の熱も奪っていき、自然と鳥肌がたった。
靴に水がしみこむのも無視して、湖に近づく。中に入って、完全に靴が水につかっても、かまわず進んだ。くるぶし、すね、ふくらはぎと湖は深くなり、膝まで来たところで、あたしはようやく立ち止まった。
「すごい……」
湖の中でも、金の苺が育っている。しかも、陸より数が多い。産毛のある葉についた小さな気泡を、小魚がつついて遊んでいる。あたしの足の間を、警戒することもなくすりぬけていていく。
この湖ですごいと思うこと。それはこの金の苺だけではなく、湖に集まる生き物たちの、人間に対する警戒心のなさだった。
あたしが木々をかきわけ湖にたどり着き、ずかずかと湖につかっても、魚はおろか、水を飲みにきた獣ですら、一向に逃げる気配を見せないのだ。鹿やキツネはあたしをちらりと見るだけ。タヌキなんて仰向けのまま眠っている。そのすぐ隣で、大きな熊がまた、背中に小鳥を乗せて眠っている。
正直いって、こんな光景ありえない。
そしてさらに加わるのは、理獣たち。水獣は悠然と湖の中を泳いでいるし、樹獣は大きな頭をさげて水を飲んでいる。焔獣は金の苺に囲まれて身体を休めていて、地獣が太陽を求めて木を登っていた。
あたしは理獣をみたことはあるけど、ほとんどの種類が、こんなにもたくさん集まったのを見たことがなかった。それだけこの湖が豊かなのかもしれないけど、これだけ完璧だとなにかの前触れかと疑ってしまう。それぐらい、ミルダに教えてもらったとおりの、均整に近いものがあった。
異常も何もない、健康そのものの理獣たち。本に載った絵のとおりで、師匠の説明どおりだ。
水獣は、青い狼の姿。樹獣は、緑の獅子の姿。焔獣は赤い鳥の姿。地獣は白い蛇の姿。
そして、金獣は……。
ここなら絶対、金獣がいる。そう、あたしは確信した。
金獣は、旅の間に、遠目にほんの数秒しか見たことがないぐらい、貴重な獣だ。それこそ、金属に関わる理獣なだけあって、鉱山の近くに多く住んでいる。イェピーネは金の町で、ミルダも金獣がいると言った。あたしは金獣を探してここに来たのだ、いるにきまっている。
「あっちに行けばわかるかも……」
太陽を浴びて、金が縁取っているように見える、向こう側の湖のほとり。あちらにまわろうと、あたしは踵を返して、湖からあがるべく動き出す。このまま湖を突っ切るのが早いのはわかっているけど、奥に行けば行くほど湖は深くなっている。この冷たい水に急につかったら、身体がこわばって溺れかねない。
静寂を保つ水面を波立たせながら、あたしは水際を目指す。緩やかな斜面になっているぶん、けっこう奥まで進んでいたのだ。ふと先にある木を見れば、ものめずらしそうにこちらを見ている地獣と目があう。あたしが頭を下げると、地獣も陶器のようにつややかな鎌首を優雅に下げてみせた。