ディナージャ編 11
「目を閉じて、水獣のことを思い出す。水獣のことって、あれしかないよね……」
二年前の、故郷での出来事。初めてミルダと会ったときのこと。そこで、水獣とともに進んだ地下水路。
思い出してみるけど、歩いてみるけど、正直これで水獣を……水辺を探せるとは思えない。このままいくと、どこかの木にぶつかりそうだ。
「違うのかな……コードのことかな……」
コード、お父さん、なんだろう、なんだろう。ぶつぶつ呟き、とぼとぼ歩く。目の前に木があるような気配。このままいけばぶつかるに違いない。次第に、歩幅が小さくなっていく。
地下水路。水獣たち。お母さん。あたしとコード。コードの術。あたしの……。
「あ、そうか」
思考が行き着き、あたしは立ち止まった。拍子に目を開くと、あと数歩というところにぶつかったら痛そうな大きな木があった。
「子守唄。ファジー」
ファジー。水獣の言霊。二年前にその意味を知った、子守唄だと思っていた、言霊の練習歌。
それを歌えばいい。気づいたときには、口は自然と歌をつむいでいた。
目を閉じ、再び歩き始める。ぶつかると思っていた木に、ぶつからない。まっすぐ歩いているはずだけど、今自分がどこを歩いているかわからない。それに怖いという感情はなく、ただ、歌いながら、水獣の姿を探していた。
行き着いたところに、水獣がいるだろう。でもミルダが探しているのは、金獣だ。
この先に、金獣がいる。確信はないはずなのに、あたしの足取りは自信に満ちていた。
○○○
空気が変わった。
木々を抜けた。水の匂いが濃くなった。陽射しを感じる。風が通る。
目を閉じたぶん、残りの五感が敏感になっているみたいだ。あたしは立ち止まり、両手をあげて深呼吸をした。
身体中の血が、頭にのぼる。力を抜いた瞬間、足元を何かがすり抜けていくのを感じた。
獣だと、すぐにわかる。力強い四肢は草の上を走り、軽やかに地を蹴ったかと思うと、ちゃぽんと小石を投げたような音を残して、水の中に消えた。
あたしの目は閉じている。ただ、そう感じただけ。そして今の獣が水獣だというのも、もう目的地についたから目をあけていいよという意味だと思ったのも、推測だ。
そしてあたしは、
「――わぁ……」
目を開け、声をあげていた。
イェピーネの街を見たときよりも、こっちのほうが感動が大きいと思う。人の手を加えられていない、ありのままの自然だというのに、とても美しいと思う。
「これが、金の苺……」
探していた水は、小さな湖だった。あたしの村にあった泉よりは大きいけど、旅の途中で見た数々の湖の中では小さい部類に入る。今自分の立っているところから緩やかな斜面になっていて、向こう岸は切り取ったように直角だ。その中に、水がたまって湖になっているらしい。
その水は、地下から出るものと、もうひとつ、五行説にならってうまれた水とが混ざっているらしい。一歩一歩近づくたびに、あしもとで湿った土が鳴っている。
「金の苺って、本当に金色なんだ」
湖畔一面。あたしの足元から、向こう岸まで。地面が、金色に染まっていた。太陽の光を反射してあちこちに光をとばし、まるで大きな金の塊の上に立っているような気分になる。それぐらい、金の苺がたくさんなっていた。
金の苺は、普通の苺と同じように、つるをのばして子株を作りながら増えていく。あたしは苺だけが金色をしているものだと思っていたけど、葉っぱから茎、つるまでが、本物の金と見間違うほどに輝いているのだ。その中でもひときわ艶があるのが苺で、でもためしにもいでみると、すぐに赤く酸化し、よく食べる苺となんら変わらなくなる。葉っぱやつるも同様だ。もちろん、ミルダから話を聞いていたあたしは、食べずにそっとポケットにしまっておいた。