ファジー編 3
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「お前が村長の娘だったっていうのは、もっと早く教えてほしかった……」
「お前じゃなくて、ターニャ。ミュラミネ・ターニャ」
たいしてすごくもない村長のたいして大きくもない家で、すっかり縮こまっているミルダが目の前の夕食によだれをこらえたのはほんの数分前のこと。
おびえてるといってもいいほどの緊張ぶりに、あたしのお父さんである村長のミュラミネ・モーダは、液体のなみなみ注がれたコップを片手に持ち、まん丸い顔をにっこりと微笑ませてみせた。
「ゆっくりしていきなさい」
そのひと言で、干しぶどうみたいにこわばっていたミルダの顔が、みるみるほぐれていく。森の中での態度と大違いで、あたしは笑いをこらえるために両手で口をおおった。
山奥にあるミュラミネ村は、とにかく小さい。そして、人がまったくといっていいほどこない。だから宿屋なんていうすぐにつぶれてしまうものはなくて、ミルダは村長の家――つまりあたしの家に泊まることになった。
「かの有名なモディファニストに会えるとは、夢みたいだよ。ミルダ君は、どれぐらいここにいる予定だい?」
「許しがあれば、三日ほど。峠越えで体力もかなり消費してしまいましたし、なにかこの村のまわりの魔獣の様子がおかしいので、少し調べたいなと」
顔には笑みを、口調は流暢な敬語を。その紳士的な態度に、お父さんはますます彼が気に入ったようだった。
「君なら何日でもいてかまわないよ。なんだったらずっとここにいてもいいし、ターニャをあげてもいいくらいだ」
「お父さん、飲みすぎだよ!」
高笑いをするほど上機嫌なお父さんは、コップの中のミュラ酒をあおる。村の特産品であるミュラ酒は山の地下をはしる清水と穀物から作るもので、ひとつ山越えをした商町に売って村の生計を立てている。おつまみには、チーズや魚よりも木苺などの果物のほうが合う爽やかなのどごしが評判だった。
「心なしか、今日の木苺はいつもより甘く感じるねぇ。ターニャがつんでくる木苺はいつもすっぱいから……」
隣で忍び笑いをするミルダの足を、あたしは思いっきり踵で踏みつけた。その不意討ちに彼の端正な顔が歪んだけど、テーブルの下のことなのでお父さんは気づいていない。
「ところでミルダ君」
ただでさえ大きなお腹がさらにふくらんでいるところを見ると、お父さんはかなりデキあがっているようだった。
「私は前々からモディファニストというものに興味を持っていたんだ。よかったら、少し話を聞かせてもらえないかな? 大地の理だけでもいいから」
ミルダは歩きだおしで疲れている。そういおうとしたあたしを制し、彼は快く引き受けてくれた。
「モディファニストに興味を持ってもらえるのは、とても嬉しいことですから。……モーダさんは、僕らモディファニストでも普通の魔術師でも、基本の魔術が同じなのはご存知でしたか?」
「知ってる」
返事をしたのはあたしだった。
「焔術・水術・地術・樹術・金術の五つは魔術の基礎で、理術っていうのよね。それで、焔獣・水獣・地獣・樹獣・金獣の五種類の魔獣を、理獣っていうの」
満足げにいい切ってから、あたしははっと我にかえった。ミルダが目をむいて、じっとあたしのことを見ていた。
「あ、ごめん……」
「いや、あやまることじゃない」
大事な話の邪魔をしてしまった。そう思ってあやまったのに、彼は首を横にふった。
「ターニャ、詳しいんだな」
「小さいときに教えてもらったの」
食い入るようにみつめられて、あたしはしきりに前髪に手をやる。二つに結ったおさげはどうにもならないけど、彼がこっちを見てくるとどうしても容姿が気になってしかたなかった。
「いいから、はやく続けて」
綺麗な人は、あたしを見てなんと思うのか。それを考えたくなくて、あたしは手をふって彼の注意をそむけさせた。
ミルダはあたしが魔術について知りたがっていると思ったらしい。至極嬉しそうな顔をして、少ない旅道具から古めかしい本を取り出した。