ディナージャ編 7
「ジャムはもうちょっと多いほうがいい?」
「あ、はい……」
「こいつ最近太り気味なので、入れないでください」
カップの上で動きを止めるスプーンから、ミルダは紅茶をうばう。そしてまた一口含んでから、あたしに渡した。
「ミルダ……」
あんまりな態度に、あたしは眉をひそめる。それでもリジオさんは微笑んだまま、ミルダ用に何も入れていない紅茶をさしだした。
「やっぱり、常緑のジョナは有名なだけあるね」
リジオさんは、自己紹介をせずとも、ミルダの名前を知っていた。ミルダがリジオ・マーチンを知っているのと同じで、有名な魔術師はうわさになり、ある程度の情報は顔を知らずとも伝わっているのだ。
「若いね、いくつ?」
「二十」
「二十でモディファニストか……若いなぁ」
「リジオさんは何歳ですか?」
しみじみというリジオさんがおかしくて、あたしは訊いてしまう。二十で若いというけれど、彼もまだ二十代後半かそこらではないだろうか。
「実はもう四十近いんだよ」
「うそ!?」
驚くあたしに、ミルダが鼻で笑う。笑ってはいるものの、なにやら機嫌が悪いのが見てとれた。
「ぼくもこれで若い部類に入るんだよ。モディファニストって魔術を極めた人じゃないとなれないから、年取ってる人のほうが多いんだ」
「だから俺は天才なんだよ」
人から言われていつも渋面を作る「天才」を、ミルダはあえて口にした。
「それにモディファニストは名乗るのに試験も何もないからな。新米魔術師が名乗ったって別に困るのは自分だけだ」
「堂々と名乗れるっていうことは、ジョナくんはそれだけの実力があるってことだろう?」
「まぁね」
いつにも増して、ミルダの性格が悪い。しきりに乾いた唇をなめて、空咳を繰り返している。
「ぼくはまだモディファニストって名乗るたびに内心びくびくしてるけどね」
「その作り笑いいいかげんやめたほうがいいよ」
「――ミルダ!」
我慢できずに声をあげても、ミルダは態度を改めようとしない。空気の悪さを感じて、あたしは身体をこわばらせた。
「……常緑のジョナのうわさは、かねがね聞いているよ」
少しの間をあけ、リジオさんは口を開く。口元には、依然笑みをたたえたまま。
「その若さでもう弟子を取ってるんだからすごいよね。しかも女の子を連れて旅をしてるんだから、やっぱり人目を引くんだね」
どうやらうわさの中にはあたしの存在も含まれるようになったらしい。今まではミルダミルダと師匠ばかり有名だったけど、そろそろあたしにも目が向けられてきたということだ。
「この香りも香水じゃないっていうのも、本当みたいだ。君みたいな色男が、香水の量を間違えたりするわけない」
「言いたいことがあるんなら、どうぞおはやく」
ミルダの安い挑発に、大人のリジオさんがのるわけないだろう。あたしはそう思っていたのだけど、凍りついた微笑みを見て、流してはもらえそうにないことを悟った。
「こんなに性格悪いとは思わなかった」
穏やかだった声色が、冷たいものに変わる。焦茶の瞳は温度を失い、鋭いまなざしでミルダを睨んだ。
「ミルダ……」
恐怖を感じて、あたしは思わずミルダの腕を引く。声がかすれて、空気が悪いことをうったえる。けれど彼はあたしを無視し、視線を真っ向から受け止め、睨み返したのだ。
「金の苺を食わせようとするモディファニストはどうも信用ならなくてね」
金の苺。その言葉に、あたしははっと手を唇にかざした。