ディナージャ編 6
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「リジオさんって、モディファニストなんですね」
「そんな胸はって言えるほどじゃないけどね」
意識が回復したとたん元気に動きまわりはじめたリジオ・マーチンは、お礼がしたいと、あたしたちを自宅に招待してくれた。
「あたしたちみたいに、旅してるんですか?」
「いいや。もとは旅人だったけど、今はイェピーネに住みついてるんだ」
旅の仲間はいなかったらしく、お茶の準備をする手つきはミルダよりも慣れているようだ。生活調度品は最低限のものだけで、ベッドはない。標準より一回り大きな、天井の高い部屋だった。
不潔な感じは一切ない。むしろ、いつ誰がきても恥ずかしくないほど綺麗に片付けられている。あと二、三人寝泊りしてもまだ余裕があるというのは、いつも古くて狭い宿にばかり泊まっているあたしにはとてもうらやましい。
「もう住んでどれぐらいですか?」
「何年だろう……モディファニストになりたてのころだったから、三年は軽くたってるかな」
でも、リジオさんの家には正直住みたいと思わない。
「そんなに長いのに、テント住まいなんですね……」
どんなに広くても、旅をしているわけでもないのに、毎日テントと寝袋のアウトドア生活はたえられそうにない。
「街中はそこらじゅう金ばっかりだから、どうも落ち着かないんだよ」
長年雨風をしのいだ山吹色のテントがあるのは、町から外れた森の中。あたしたちが来た道をまっすぐすすんで、再び階段を上り、民家が減って避暑用のログハウスが見え出したところ。つまりもうひとつ山を登ったところだ。町というより森の中で、近くに水辺があるのか涼しい風がふいていた。
赤い実のジャムを底に沈めた紅茶を渡しながら、リジオさんは室内を歩き回るミルダを見やる。勝手に本を開いたりして怒られはしないかとあたしは心配だったけど、リジオさんはただ「お茶どうぞ」と小さな折りたたみテーブルにカップを置くだけだった。
「客なんてめったに来ないから、ちらかっててごめんね」
「いえ、すごく綺麗です!」
テントの中をぐるりと見まわしながら、あたしは紅茶に口をつけた。
紅茶の良し悪しなどあたしにはわからないけど、鼻を抜ける香りがさわやかでとてもいい。砂糖は入っていないようだけど、中に入ったジャムの甘みがかすかにあって、味は故郷の木苺と同じような甘酸っぱさがある。
「このジャムって、木苺ですか?」
「いや、違うよ。口に合わなかったかな?」
おいしいです、と素直に感想を言うと、リジオさんはまた目を細める。ようやく室内の物色が終わったらしいミルダも、戻ってきて紅茶を口に含んだ。
「でも珍しいですね、男の人がジャム作るなんて」
偏見かもしれないけど、あたしの村ではやっぱりジャムを好んだのは女の子のほうだ。男の子は意中の彼女が作る木苺ジャムはよろこんで食べるけど、自分でつくってまで食べようという子はあまりいなかったはずだ。
「友達が、この実が大好きでね。だからたまにつくって、こうしてお茶をするんだよ」
その友達って、もしかして。先ほどのミルダの言葉がずっと気になっていたあたしが訊こうとすると、ふいに横から手が伸びてきた。
「ターニャのお茶もちょうだい」
あたしがいいとも言っていないのに、彼はカップを奪い、熱いのにもかまわず一気に飲み干してしまう。自分のぶんはというと、すでに赤いジャムも残さずカップの底が見えていた。
「ジョナくん、おかわりならまだあるよ?」
「いや、もういい」
ミルダがリジオさんより年下なのは、見ただけでわかる。だというのにあたしの師匠は、一切敬語を使おうとしなかった。
「あたし、まだ一口しか飲んでないのに……」
「じゃあすぐ新しいのいれてあげるよ」
そんなミルダの態度を気にもとめず、大人なリジオさんは新しい紅茶を淹れる。テントに入る前にある程度身体の乱れを正したので、その姿は階段で眠り暖をとる人たちより、あたしたちと同じ魔術師に近い。近いというより、眼鏡の奥で静かにたたずむ瞳が、魔術師のまなざしそのものだった。