ディナージャ編 4
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イェピーネはにぎやかな町でもあるんだな、と、あたしはあくびをかみ殺しながらそう思った。
大通りのあちこちで装飾品を宣伝する売り子のお姉さんがいると思えば、端の工房では頑固一徹といった風貌の親父さんが見事な金の像を作っていたりする。赤子ほどもある金塊とボストンバッグいっぱいの札束を交換している商人もいるし、全身を金のアクセサリーでかためた婦人がお供を連れて歩いていたりもする。
でも実際は華やいだ人は半分もいなくて、今まさに仕事が終わったと思われる泥だらけの鉱山夫がボロボロの財布を片手に果物を買っていたり、野良犬に食べていたお菓子をとられた子供がいたりする。道端でばったり知り合いと会い、つい話し込んでしまう奥様はどこに行っても同じらしい。
そしてあらためて階段を見回すと、腰を休める人たちの中にも、家族やカップルのほかに、住む家を持たないみすぼらしい身なりをした人たちが、身体を丸めて眠っていることに気づいた。
行く先々でこういう人たちを見ているあたしは、彼らの行動からイェピーネは昼夜の温度差が激しいことを知る。こうして日当たりの良い場所で身体を温め睡眠をとるのは、凍てつく夜の寒さに眠って凍死してしまわないようにするためなのだ。
どうやらこの階段は、町で一番日のあたる場所らしい。反射した光もあるので、太陽が傾いてきても明るいままで、照りつける光に嫌がおうにも温度が上がる。たまらずあたしはローブを脱ぎ、まるめて膝の上に乗せた。
ちょうど体が育つときに家を出たものだから、あたしが着ているもののほとんどはミルダが成長に合わせて買ってくれたものだ。季節をとわず着れる、桜色のノースリーブのセーターやアームウォーマーは、今まで着てきた服の中で一番明るい色だ。焦げ茶のジーンズや黒い靴は徒歩を主として行動するため、定期的に買い換えなければならないしデザインもかわいいものがない。あまり華美な格好をしているとよからぬものが寄ってくるので、ローブを着れば地味に見えるような服を選ぶのが最優先だったのだ。
大きな都市などで華やかな格好をした同年代の子達とすれ違うと、いつもミルダがあたしの表情を盗み見ているのを知っている。彼なりに気を使っているようだけど、あたしは結び目が大きなリボンになる、赤銅色ともワインレッドともつかないローブをとても気にいっている。
あたしも年頃なのだから、綺麗な格好がしたいと思わないことはない。ただ、この生活ではそういうことは望まないほうがいいとわかっているから、ミルダが気を使ってくれることが何より嬉しかった。
「……日焼けしそうだな、ここ」
顔は涼しげだけど、彼も暑いらしい。長年着込みすそがボロボロになった深緑のローブは、前が開けられ腕まくりもされていた。瞳の色より深い青は上着だけで、下半身や腰に下げたカバンはほとんど黒。服が熱を吸って、脱いでも着てもどちらにせよ暑そうだ。
「あとで焼けただなんだって騒ぐなよ、ターニャ」
「もうあきらめてるからいいもん」
身なりはともかく、あたしの肌や髪のコンディションは、旅を始めてからどんどん悪くなっていっている。直射日光にあてられれば顔は焼けるし、のばしっぱなしの髪は櫛を入れてもすぐに風でボサボサになってしまう。どんなに嘆いたところで、旅をしていると仕方のないことだった。
それでもあたしたちは、旅人の中ではまだいい生活をしているほうだ。魔術師で、しかもモディファニストというと、問題のある土地では申し訳ないと思うほどの待遇をしてくれる。昔と違って謝礼金も出るようになったけど、ミルダは今後の資金として最低限必要なぶん以外はほとんど返しているので、あまり贅沢はしていない。
歩く黄金かと思うほど着飾った人を見て、あたしはうらやましいと思わない。むしろ階段で眠るホームレスの人たちとの貧富の差が、イェピーネという町の明暗を現しているようで、正直来たばかりのころのようなよい気分にはならなかった。
「ねぇ、ミルダ」
「なに?」
「この人も、住む家がなかったりするの?」
あたしとミルダの間で昏々と眠り続ける男性から、彼は決して離れようとしない。あたしも心配だから捨て置こうとは思わないけど、目覚める気配がないと、次第に不安になってきた。