ディナージャ編 3
よく見れば、手すりにもわずかながら金が混ぜられている。マーブル模様になった鉄の手すりは、じっと見ていると、金が光の屈折で中を回転しているようにも見える。
「綺麗……」
「町におりればもっとすごいさ」
手すりとはまた違う金の髪をしたミルダが、こともなげに言う。先を行く彼はあたしを見上げる形になり、何気なく視線を空へとやる。
そして、瞳を輝かせ、立ち止まった。
あたしの真っ黒な髪は、空についた染みのように見えるのではないだろうか。そう思ってすぐに視界からはずれ、あたしも空を見上げると、上空を舞う一羽の鳥が見えた。
動いているから鳥と判断できるだけで、あたしはそれがなんの鳥なのかまではわからない。けれど目のいいミルダにはわかるようで、彼は先ほどの瞳は見間違いかと思うほど表情を変え、眉をひそめて鳥を睨んでいた。
「……おかしい」
「なにが?」
あたしが訊いても、ミルダは教えてくれない。すぐに顔を戻し、無言で階段を下りはじめてしまう。
「ねぇ、ミルダってば!」
呼んでも、無視。こうなった彼は自分が満足するまで考えるとわかっているので、あたしもあきらめて階段を下りることにした。
ミルダが感じた異変は、下につくとすぐにわかった。
一番最後の段に、男性が一人、座っている。階段に腰掛ける人は珍しくなく、ほかにも家族やカップルがいるのだけど、独りは男性だけ。その人はうなだれるように、背中を丸めてうつむき続けていた。
「――おい」
背中を見て、ミルダより年上だとわかる。それなのに彼は態度も大きく、乱暴に肩をつかんでこちらを向かせた。
歳は三十路前後だろう。ミルダとはタイプの違う、筋肉のない細長い体躯。短く切った赤毛には金粉がたくさんついていて、鼻の上に乗った丸い眼鏡はつるが折れて自分で直したような跡がある。恋人もいないのだろう、手入れのない無精ひげが目立っている。
「おい、聞こえるか」
肩をゆすってみるけど、返事はない。閉ざされたまぶたは、どんなに呼びかけても動きそうにない。
眠っているにしてはおかしい。息も浅く、回数が少ない。
眉間のしわの数を増やして、ミルダはため息をつく。その理由がわからなくてあたしが戸惑っていると、彼は青い瞳を伏せながら教えてくれた。
「中身がいない」
「……死んでるの?」
「死んでたら息しないだろ」
男性のうなだれたままの首をいたわり、ミルダは身体を横たえさせる。階段に寝転ぶのだから男性は背中が痛そうだけど、眉一つ動くことがない。一定のリズムをおいて、彼はただ、心臓を動かし呼吸を続けていた。
「あのときのミルダに似てるね」
ポツリと呟いたあたしの言葉に、彼は顔をあげて、めずらしく嬉しそうな顔をした。どうやらあたしの考えは正解らしい。
「これができる人、あまりいないんだ。だから期待してたんだけど……完璧じゃない」
笑顔もほんの一瞬のこと。再び険しい顔に戻ったミルダは、男性の寝顔を見ながら、目にかかる自分の前髪をかきあげた。
「仮死状態になりかけてる。こんな失敗続けてたら、この人いつか死ぬと思う」