ファジー編 2
ミルダは何かいおうと、あたしの顔を見る。どの角度から見てもバランスの崩れることのない顔は、発声のために唇を開き、オリエンタルブルーの瞳がしっかりとあたしをとらえる。
けれどそれは、すぐにそらされてしまった。
「「―――!」」
なぜなら、突然鋭くなった目で森の奥を見つめたからだ。
無意識のうちに、あたしも彼と同じことをする。不規則にならぶ木々の奥には、たしか小さな池があるはずだ。
森の空気が一段と、重さを増したような気がする。カーディガンを羽織っているのに、肌がピリピリと痛んだ。
あたしとミルダは、同時に立ち上がっていた。
――なにか、いる。
それは、あたしをつけていた。森に入ってからずっと、遠巻きにあたしを見張っていた。だから途中でミルダと会ったとき、初対面だというのにとても安堵した。
彼が来て一度は消えたはずの気配が、再び近づいてきている。
「……大丈夫だからな」
ミルダが、あたしの手を握ってくる。おびえてすがりついたのではなく、守るように包み込んでいる。あたしは別に恐がっていたわけじゃないけど、その手があたたかくてふりほどかなかった。
「……火、か? いや、違う。あいつらは……だったら水か、地か……」
ブツブツ呟くミルダの声は、楽しんでいるように思える。盗み見た瞳は真冬の氷のように濁り冷え切り、それとは逆に体温は熱でもあるかのように上昇していた。
あたしは、気配より、ミルダに恐怖を覚えた。
力をゆるめたあたしの手を、ミルダはなお、強く握る。視線は奥を見据えたまま、搾り出したように低い声を発す。
「去ね」
その一言に、森がふるえる。突風が吹いたかのように木々がざわめき、それがおさまったころには、あの気配が消え去っていた。
重くしずんだ空気はあいかわらずだけど、心なしか軽くなった気がした。
「……なんだったんだ?」
さきほどの面影なくポカンとしているミルダから、あたしはさりげなく手を離す。そしてカゴを抱えなおし、キュロットについた汚れをはらった。
「さ、帰ろ帰ろ。この森最近いつもこうなんだから――あ」
そこでやっと、あたしは当初の目的を思い出した。
「あたしたちの村にくるんだっけ」
『迷っちゃってさ。道、教えてくんない?』
ミルダは、そういってあたしに話しかけてきたのだった。
「忘れてただろ?」
「忘れてた」
素直にいい返すあたしに目を細めたミルダは、また一粒、カゴから木苺をつまみあげる。
「案内してくれるか?」
「もちろん。どっちにしろ同じ道だしね」
薄い唇に木苺を押しつけ、彼は眉をひそめて森を見渡した。
「お礼に護衛してやるよ」
軽くはなったけど、空気はまだまだ重い。
ミルダは本当によく表情のかわる人で、あたしを安心させるようににこりと微笑む。そして、唇から離した木苺をあたしの口に放り込んだ。
「あと、甘い木苺の見分けかたも教えてやるよ」
間接キスだとか人のなのに失礼だと思う前に、あたしはその酸味の強さに思いっきり顔をしかめていた。