ファジー編 27
「……なんで」
ようやくコードが口を開き、ミルダに問うた。
「なんでターニャなんだ」
「コードも一緒に行きたいのか?」
「違う」
即答に、ミルダは苦笑しながら肩を落とす。
「モディファニストには、自分の力でなる。今までだってそうだったんだ」
「コード……」
一瞬呆けたような表情を見せたミルダは、さざ波のように肩を揺らし始めた。持ったままのスプーンがスープの皿にあたり、カチカチという音とともに押し殺した笑い声が聞こえてくる。
我慢しきれなくなったミルダが声をあげてると、コードがすかさずテーブルを叩いた。ポトフの中身がはねるほど真剣に、ちゃんと答えろと目でもうったえている。
「……片目が異常化する魔獣が激増したっていうのが、モディファニストが求められるようになった理由のひとつなんだ」
ミルダの声はまだ震えていたものの、コードは満足したのか、もう一度叩こうと握られていたこぶしを開いた。
「助けを求める魔獣はたくさんいるのに、モディファニストの数は少ない。だから俺は異常化の原因を探るのと一緒に、モディファニストの数を増やしたいと思っている」
「それで、ターニャを?」
「そう。ターニャは、ずいぶん水獣から好かれてるようだったし、あの歌のおかげで魔術の基礎はできあがってる」
ミルダの言葉に、あたしはのどに手をやる。無意識のうちに魔術が使えるようになっていたというのなら、あたしも努力しだいでお母さんのようになれるかもしれない。
ミルダに教えてもらえば、もしかしたら――。
考えのほうに気が回って、あたしはミルダが席を立ったことも、足音がこちらに近づいてくることにも、気づくのが遅れてしまった。
「――ターニャ」
身を隠すのが一瞬遅れて、あたしは台所に顔を出したミルダとばっちり目があってしまった。
「別に、無理にとは言わないから、な」
彼はそういって去っていったから、またあの瞳の呪縛にとらわれることはなかった。
あたしの胸は、どうしよう、という呟きを、もうとめることができなくなっていた。
ミルダの出発は、明日だ。