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ファジー編 18

 コードは、あたしを心配してくれていた。そしてあたしのためにととった行動が、理獣たちの異常化につながってしまった。もしミルダがこの村に立ち寄らなかったら、村は水不足になり、生活が苦しくなっていたことだろう。

「あたしがもっとしっかりしてたら、こんなことにはならなかった」

『ターニャ……』

 お母さんが、涙を浮かべるあたしを見つめる。こぼれた涙はすぐに流れにさらわれ、水脈の中へと溶けていった。

『本当に、大きくなったのね』

 頬をすり寄せられ、あたしはつぶっていた目を開く。穏やかな表情をした水獣の横に、かすかに、お母さんの顔があった。

『私が生きていたころは、とても小さくて、いつもコードと遊んでは同じことで喧嘩していた子だったのに』

 あたしの未来を映したような、血のつながりを感じさせる顔がこっちを見て笑っている。頭を撫でる手は色が白くて、しなやかで、そしてやわらかかった。

『起きてしまったことを悔やんでも、どうにもならないわ。それよりも、今自分がどうするかを考えて。同じことを繰り返さないように、このことを絶対に忘れないで』

 抱きしめられ、涙をなめられる。完全に蘇ったわけではない、たよりない姿のお母さんだけど、あたしはその腕の中で、それこそ赤ん坊のように泣きじゃくった。

 涙が次から次へとあふれてくる。そして、止まらない。泣く理由は理獣たちのことだけではなく、今まで自分が抱えていた、ささいな不安までも含まれている気がした。

 人には相談できない、でも母にならできる相談ごとを、ずっと内にこめて自力で解決したこと。料理がなかなかうまくならないこと。パッチワークが下手なこと。コードがあたしと話してくれなくなったこと。不安だったことがすべて、お母さんと話すうちに溢れてきてしまった。

 そんなあたしのために、お母さんは歌ってくれる。昔してくれたように、言霊の練習歌を――子守唄を歌ってくれる。流れの中で、それを聞いた水獣たちの喜びが伝わってくる。

 あたしはその歌を忘れまいと、泣くのをやめてじっと聞き入る。お母さんはあたしに歌を教えようと、何度も何度も繰り返してくれた。

 そしてあたしが覚えたころ、歌が終わった。

『ターニャ、ミルダ君が呼んでるわ』

 緑の香が濃くなるのが、あたしにもわかる。急だった流れが少しだけ和らぎ、水獣たちが水をかいて移動を始めた。

『もう……戻らなくちゃ』

 お母さんが、さびしさを隠して無理に笑う。あたしたちが戻るところと、お母さんが戻るところは、違うと顔が言っている。

 あたしはもう一度、お母さんを強く抱きしめた。

「あたし、お母さんみたいになれない……」

 家のことはおろか、魔術だって使えない。そっくりなのは姿かたちだけ。

 あたしは、お母さんのような素敵な人になりたい。

 できることなら、あたしも魔術を操れるようになりたい。そしてそれを、自分のためだけではなく、人のためにも使いたい。村でみんなの怪我を治していた、お母さんのようになりたい。

「お母さんみたいになりたい」

 口で言うのはたやすいけど、実際行動に移すのは難しい。あたしは理想は高いけど、それに見合う行動をいつもしない。動こうとして、最後の最後でしり込みをしてしまうのだ。

 そんなあたしに再び頬を寄せ、お母さんは笑った。

『ターニャは本当に、私の若いころにそっくりね』

「似てるのは顔だけだもん」

『中身だってそうよ、お母さんもターニャぐらいのときはそうだったわ』

 また、頭を撫でる。お母さんを目指して伸ばした髪を指で梳き、お母さんを真似て作った服を素敵だと褒めた。

『好きなことをしなさい、ターニャ。自分のやりたいことをして、好きなように生きなさい。私の娘だもの、私よりもっともっと素敵な女の子になれるわ』

 そしてその手で、あたしと握手をした。

『私は、あなたたちをずっと見守っているわ。たとえ姿が見えなくてもね』

 手が離れると、あたしの身体は、流れを切るように上へ上へと引っ張られていく。腰の周りになにかが絡みつき、水は光を吸って白く輝いている。

 水に溶けた緑の香に、あたしは森に抱かれているような錯覚を覚えた。



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