ファジー編 15
すべてを話すつもりなのだろうか。コードが早口にまくしたてる。あたしもミルダもそれに口を挟もうとせず、彼が満足するまで話させることにした。
「いくら近所のおばさんたちがいるったって、ターニャも母さんに話すのとおばさんに話すのじゃ違うだろ。いくら魔術に興味を持ったって、村に魔術師なんて僕以外いないんだ。僕は自己流で魔術を学ぶことはできても、ターニャに教えることはできない」
「コード……」
水獣が異常化したのも、最近すごく疲れているのも、全部……
「あたしのためだったの?」
コードがあたしのことを考えているなんて、思っても見なかった。
ちらりと様子をうかがうようにこちらを見たコードは、目が合うとすぐにそらす。しきりに身体を動かしては、居心地の悪さを解消しようとしていた。
そんなコードに、あたしは笑みがこぼれる。
「コード……」
「ん、んん」
感動に浸りそうになったところを、ミルダの咳払いがさえぎる。今自分たちのおかれている状況をもういちど確認するよう、あごで水獣たちをしゃくった。
「会話だけっていったって、結局はそれも死者戻しの一種だ。コードにはまだ早い」
「じゃああんたにはできるのかよ」
「まぁね」
ふふん、と鼻高々なミルダを、コードは睨まなかった。奥歯を強くかみ締めて、悔しさをにじみださせている。
「悔しがるより先に、この水獣たちを助けてやることを考えるんだ。今まで散々世話になって迷惑かけて、このまま終わらせるほどコードも冷たくないだろう?」
「……やりかたがわからない」
「だいぶ素直になったな」
頭を撫でようとすると逃げられたが、ミルダは嬉しそうだ。再び「ファジー!」と水獣を集め、そのうちの一匹にやさしく腕を回した。
「もうちょっとで楽になるからな」
むき出しの骨を撫でると、水獣は痛がるどころか、おちついたように目を伏せる。狼さながらの鋭い牙にミルダはひるみもせず、むしろその水獣の生まれつきらしい、牙についた鱗のような模様に興味を示していた。
「ミュラミネ村は水が豊富だから、水獣たちも水につかれば魔力を取り戻すと俺は思うんだ。だけど今、水獣たちはコードを警戒して水に入れないでいる。森から出て行かれると確実に水不足が起きるから、なんとしてでもここで魔力を取り戻してもらわないと困るんだ」
コードが一旦森から出ても、水獣は泉に近づかない。近づいていれば、これほど弱ることはないらしい。
「ついでに言うと、水獣は歌が歌えるターニャのことを好いている。だからターニャが森にいるとターニャのもとに集まるし、森から出ようとすると一緒になって後をついていく。やっぱり、泉には入ってもらえそうにない」
「じゃあ、どうすればいいの?」
ミルダは何も言わず、コードに魔術書を渡せと手を伸ばした。そしてそれを受け取ると、重ね着していた服を脱ぐように命じた。
「なるべく身を軽くしてくれ。なに、下着になれって言ってるわけじゃないさ」
あたしたちは、それに逆らうことができなかった。
下はキュロットだけなので、脱ぐわけにはいかない。上着は防寒のために着ていただけあって、脱ぐと夜明け前の空気に鳥肌が立った。
あたしたちの服は、ミルダがあずかる。カーディガンを渡す際、彼はあたしが唇にひっかけていた髪をとってくれた。急いで森に行く準備をしたせいで、あたしは髪を結ぶ余裕もなくただおろしたままだった。
「……これ以上は脱げない」
「十分だ」
ミルダはあたしとコードを水際に並ばせ、水獣たちに目配せをする。彼が背負う空は、だいぶ白けて明るいものになっていた。
これから、あたしたちは何をするのだろう。最低限の衣服しかまとわず身体を震わせているあたしたちは、困惑の表情でミルダを見た。
「……まさか、このまま僕らを殺すわけじゃないだろうな?」
「そんなことしたら、俺が水獣に殺されるって」
笑ったミルダの瞳が、キラリと光る。それは空の光を反射したからでも、髪の色が重なったわけでもない、楽しさの光だった。
「まぁ、身体はるには違いないけど」
「え……?」
どういうことか訊く前に、彼はあたしたちの身体を力いっぱい突き飛ばしていた。
後ろは、泉。
「ちょ……ミルダ!」
「服脱いで正解だろ?」
あたしとコードが落ちると、泉に派手な水柱が上がった。