ファジー編 10
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「静かにしろって。モーダさんが起きるだろ」
鼻までふさぎかねない大きな手を払いのけて、あたしは思いっきり息を吸い込んだ。
「大声出したらまたふさぐぞ」
「……ッ――」
声を抑えようとしたら、いおうとしたことを忘れてしまう。
あたしはひとつ深呼吸をして心を落ち着かせ、今自分のおかれている状況をどうにか理解した。
「なにしてるのよ、あたしの部屋で」
間近にあるミルダの顔を見ると、心臓が落ち着かない。掛け布団を引いてパジャマ姿を隠そうとすると、さえぎられてまた鼓動が早くなった。
「昨日森に行くって言ったろう。いつまで寝てるつもりだ」
「……あぁ、そうだった」
夜這いではないことに安堵しながら、あたしはそんなに寝過ごしたのかと窓を見る。昨日朝ごはんの準備をしなかったから、今日は早めに起きていつもより多い食事を作らなければいけない。
カーテンの隙間からのぞく空を見て、あたしは起こしてくれたミルダへの感謝を頭から放りだした。
「まだ暗い! 朝一って言ったじゃない!」
「これでも明るいほうだぜ」
誇らしげにミルダがカーテンを開けると、白み始めた空が姿を現す。東の空にはまだ太陽がなくて、こんな早くに起きたのは初めてだった。
「行くぞ。早く着替えろ」
「っていうか人の部屋に勝手に入ってこないでよ! 着替えたくても着替えられないじゃない!」
声が大きいと叱責して、ミルダは肩をすくめる。薄藍の空に、彼の金糸はよく映えた。
「起こしにきてやったんだろ。それに、そんな発育不全の身体見たって別になんとも思わねぇよ」
「――なッ!」
枕を投げつけようとした腕は、ミルダに素早くとらえられてしまう。そのまま引き寄せられ、あたしはとっさにはだけた襟元をおさえた。
「五分で支度しろ」
息がかかるほど顔を近づけて、彼はそういった。
「オーバーしたら着替え中でも入るからな」
あたしたちの向かう西の森は、いまだ夜闇に包まれたまま。魔獣の動きが活発な中に飛び込んでいくなど、自ら身体に傷をつけに行くようなものだ。
なのに彼は、まるでこれからピクニックでも行くような、心底楽しそうな明るい顔をしていた。