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ファジー編 9

 水を汲む音がして、しばし間があく。その後、「あー」と豪快に息をついたところを見ると、一気飲みをしたらしい。

 それがお父さんとよく似ていて、あたしはクスリと笑う。けどコードはため息をついて、本をあたしに返した。

「父さん、部屋につれてくよ」

「え、大丈夫?」

 平気、とぶっきらぼうに答えて、コードはいびきまでかきはじめるお父さんを強引におこした。

「おやすみ、コード」

「……おやすみ」

 彼はどうも最近、おはようやおやすみの挨拶をしてくれない。今日はめずらしくいってくれて、あたしは思わず笑みが漏れた。

 声にならない声をもらして寝ぼけるお父さんを連れて行くコードに、台所から出てきたミルダもまた「おやすみ」といったのだけど、彼はやっぱりそれを無視した。

 それにミルダは肩をすくめて、滴を飛ばしながらバスタオルで頭を拭く。

「ターニャさ、俺が風呂はいってるとき、なんか歌ってなかった?」

「あ……うん」

 お風呂場まで聞こえるほど大きな声で歌ったつもりはない。知らず知らずのうちに熱唱してしまったのかと思って、あたしは顔が赤くなった。

「あれね、お母さんがよく歌ってくれた子守唄」

「子守唄?」

 ミルダは興味を持ったらしい。コードの座っていた椅子に、背もたれをあたしに向けて本来とは逆の座り方をした。

「ちょっと歌ってみてよ」

「や、嫌だよ!」

 いつ何時も歌いはするけど、歌ってといわれて応えるほどあたしは歌に自信がない。

「ちょっとだけ。ちょっとでいいから」

 でも、ミルダの押しには負けた。

「あたし、下手だよ……」

 あらかじめそういって、あたしはかすれたような小さな声で歌った。歌詞のわからないところは正直にハミングにして、わかるところはミルダが聞き取れるようやや声量を増やした。

「……っていう、子守唄」

 伏せていた瞳をあげると、ミルダとばっちり目が合った。

 目が合うのは自然なことなんだけど、距離が近い。あの小さな歌声を聞き取ろうと顔を近づけていたのはわかるけど、こんなに近いとは思わなかった。

 ミルダは笑いもせず、考えもせず、無表情であたしを見ていた。

「いい歌だな」

 そして、パッと笑顔を見せた。

「その歌をうたうってことは、アネットさんは、治療系の魔術をよく使ったのか?」

「わかるの?」

 お母さんは村で、医者のような立場だった。身体が弱いからよく熱を出して、それでも病気や怪我の人がいると聞くと無理をしてまでとんでいくような、責任感の強い人だった。

と、お母さんの友達がよくいっていた。

「その歌は、魔力がなくとも音で人を癒す効果があるんだ。ただ、元は魔術の歌だから、魔力のない人とか魔術に不慣れな人が歌うと、自分の体力がけずられるようになってる」

「そうなの?」

「だから……ターニャはあまり歌わないほうがいい」

 ミルダはあたしを気遣っていったのはわかるけど、あたしはそれを聞いて寂しさを感じた。

 あたしは、この歌が好きだ。たとえ歌詞がわからなくても、音だけでも好き。お母さんから受け継いだものの中で、唯一うまくできることだった。

 家事だって、パッチワークだって、木苺つみだって、あたしはうまくこなすことができない。魔術なんてもってのほか。本当は、家事だって何だってコードのほうが上手なのだ。

 もしあたしが魔術を会得したら、歌ってもいいのだろうか。

「……わかった」

 その考えを打ち消したあたしの頭を、ミルダは無邪気な笑みを浮かべて撫でてきた。

 


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