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ここあ  作者:
1章
5/8

4

 きた道を軽い足取りで万里は歩いていた。

 なにせ先ほどまで善行を行っていたのだから、重くなるはずはないだろう。

 つい抑えられず笑みを浮かべていると前方からよく見知った、愛しい声がかかった。

「万里!?梁取さん見なかった!?」

 が、内容は気に食わない。ついついむくれてしまうのは仕方ないことだろう。

「…知らない。」と言って腕を絡めたのにそれどころではないというように、すかさず引っこ抜かれて更に面白くない。

「まだ教室に戻ってないって…」

 そういって今まさに万里が来た道を行こうとするものだから万里は焦った。

「瞬ちゃん!!そっちになんて何もないよ!まずは保健室でしょ!!」

「もう吉田が見て、居なかったから俺のところに来たんだよ!」

 吉田とは沙耶の友達でヨシちゃんと呼ばれている子だ。

 内心で余計なことをと舌打ちしつつも、行かせてなるものかとセーターを引っ張るが、力にかなうはずもなくずるずると引きずられ、万里はすぐに降参した。

「瞬ちゃんストーップ!!万里に協力してくれるって言ったでしょ!?龍太の邪魔する気!?」

 さすがにその言葉で止まってくれた。

「え?龍太、今、そうなの!?」

 何度も頷き、万里の必死さが伺える。が、瞬は再び歩きだす。

「瞬ちゃん!!」

「大丈夫。龍太の邪魔はしないでこっそり探すから」

「ダメダメだめ―――っ!!」

「何やってんの?」

「瞬ちゃんが龍太の邪魔しようとするからでしょ!」

「俺の邪魔?」

 別に瞬ならいいけどときょとんとした龍太が二人を見ている。それもかなり近くで。

「「龍太!?」」

 二人の叫び声は綺麗に被り、その顔も驚きが現れている。

 すでにこの時点で龍太は嫌な予感がしていた。

「お前、今告白中なんじゃ…」

「はぁ!?告白?誰にだよ…」

「誰って、万里が…」と言って、二人の視線はそこへ集中し、万里は顔を青くさせた。

「万里…どういうことだよ」

 いつもなら何とも思わない龍太の顔が、何故か今日ばかりは怖いと感じる万里であった。


****


「梁取さん!!」

 突然後ろの扉が開くと同時に切羽詰まった声がして、吃驚しながら振り向いた先には神木君がいた。

 おらちゃんと歩けよ。と龍太君に引きずられる万里さんの姿も神木君の後ろから見える。

 そして私を見た神木君の顔は驚きに変化した。

 無理もないと思う。

 正直自分でもこの状態に驚いてどうしたものかと思っていたのだから。


 そう、私は大人数の女子に囲まれ正座をして(そうしなくてはいけないと恐怖概念で体が勝手に動いてしまった)彼女たちの愚痴を聞いていた。

 ―――主に万里さんへの。

 そして沈黙が走る。


「…えっと…、これはどうしたの?」

 真っ先にこの沈黙を破ったのはもちろん神木君で、その一言で彼女たちの抑えは吹っ飛んでしまったように勢い良く(時には涙ぐむ子まで)神木君の側へ駆け寄っていく。

「瞬く〜ん。聞いてよ!あのねっ前私が瞬君の目の前でスカートの留め具が吹っ飛んで、パンツ姿になっちゃったのは決して私が太ったわけでも、痴女なわけでもなくて万里が―」

「それを言うなら私だって何もしてないのに瞬君の前でいきなり万里に、まるで、私がっ!オナラをしたって反応されてっ!誤解を解く前に万里に連れてかれちゃったけど本当にしてないの!あれは万里が―」

「私だって万里に!」

「―万里が!」

「万里にっ」

 次々に弁解が殺到し、神木君も訳が分からずたじろいでいる。が、彼女たちは必死になっているので、そのことに気がついていない。

 そしてさっきも聞いていた内容だけど何度聞いても壮絶だと思う。

 好きな人の前でそんなことが起きたら私は立ち直れないし、告白なんて出来るわけがない。と言うより学校にすら来たくない。

 ヨシちゃんに気を付けろと言われたけど、話を聞いていると気を付けようがない事ばかりだった。

「ちょっ、ちょっと!!何よこれ!?何で万里が悪者になってるの!?」

 いつまでたっても止むことのない万里さんの所業の抗議にさすがに耐えきれなくなった万里さんが顔を真っ赤にさせて声を上げる。

 その瞬間みんなの反応は、怖かった。

 いっせいに万里さんを般若のような顔で睨み付けた。

 きっと神木君からは後ろ姿しか見えてないから気がついてはいないけれど、万里さんはもちろん私と龍太君はばっちり見える位置にいたため、あまりの怖さにビクリと肩を揺らしたまま固まってしまった。

「よく言うわよ!!瞬君の彼女をここに連れてきて私たちにシメさせるつもりだったでしょ!?」

「なっ何よ!私はただ龍太のためにしただけじゃない!」

 その言葉にすかさず龍太君が反応した。

「おい!そんなこと頼んでねぇしお前の勘違いだろ!」

「ふん!どうせ、イジメてる所に瞬君を連れてきて私たちを嫌わせようとしたくせに!誰がその手に乗りますか!」

 誰も龍太君の反論は聞いてくれないようだけれど、どうやら万里さんの独断だとみんなは分かってるようだ。

「今までの悪事全部瞬君に怒られればいいのよ!」

 そうよ!そうよ!と女子たちは声を揃えて「瞬君後はよろしくね!」と、みんなすっきりしたように倉庫から出て行く姿を私たちは唖然と見送ることしかできなかった。

 嵐が去った。まさにそんな感じだ。


「……万里、今の話は本当?」

 静まり返った倉庫に神木君の声が響いて、万里さんは肩を揺らした。

「…何のこと?…それに、今日の事なら瞬ちゃん協力してくれるって言ったじゃない」

「協力はするよ?でも梁取さんなら話は違う」

 ぐっと万里さんは唇を噛み締めた。

 なんの話でしょうか?と聞きたいけれど、そんな雰囲気ではない。

 しかし龍太君には関係ないらしい。

「てか真面目なところ悪いんだけど何でそんな誤解があんだよ?」

 確かに万里は頭おかしいところがあるけど、と龍太君が言葉を挟んだ。

「隠さなくってもいいじゃない!万里は分かってるんだから!」

「分かってねぇから聞いてんだよバカ!!」

「バカですって!?チビの龍太に言われたくない!!」

「だからチビは関係ねぇだろぉがっ!!」

 あの…話が脱線していますが…。

「――万里」

 神木君の静かに問う声が響いて万里さんは口を(つぐ)み、観念したように口を開いた。

「…だって昨日見たんだもん。龍太がその子と見つめ合ってるのを」

 万里さんが私を見る。


 …………………

 ……………………えっ!?わ、私!?

「みっ見つめ合っ!?」

「はぁ!?いつそんなことしてたっつぅんだよ!?」

「してたじゃない!!昨日授業サボって5限目に校庭でっ!!万里見たって言ったでしょ!?龍太女子と話すどころか見つめ合うなんてしないのに、してたってことは好きって事じゃない!!」

 昨日…。言われて気がついた私と龍太君は同時に声を上げた。

「「あっ!!」」

 慌てたように龍太君が続ける。

「ばっ(ちげ)ぇーよ!!なんでそうなるんだよ!!」

 助けを求めるように神木君を見た龍太君は何故か固まってしまった。

「違っ、昨日絡まれてたところにこいつが助けに来ただけで見つめ合ってなんかねぇよ!そん時話しただけだ!」

「それで恋に落ちちゃったんでしょ?男の子もそういうのに弱いもんねっ!」

 万里は分かってるからと胸に手をおいたのを見た龍太君は青筋を立てた。

「お前っマジ黙れよ!!話がややこしくなんだよ!!」

 つーかコレ、俺と瞬を仲違いさせて瞬を独り占めするための作戦だろ!と、見てるこっちが痛くなりそうなくらい思い切り口を鷲掴みにした龍太君に、痛いと万里さんは抗議をしている。

 助けた方がいいのだろうかと悩んでいると神木君がいつの間にか目の前まで来ていた。

「それ、本当?」

「え?あ、うん。あんまり役に立ってなかったみたいなんだけど…」

「…大丈夫だったの?」

「う、うん。そんなに度胸ある人じゃなかったんだって。だから龍太君無事だったよ」

 安心してって意味で笑ったら何故か抱き寄せられてしまった。

 あまりに突然で心臓が暴れ出して顔が熱くなる。

「か、神木君…?」

「龍太もだけど、梁取さんのことだよ?」

「え?」

「大丈夫だった?」

 かぁと顔が赤くなる。

「う、うん…」

「さっきも?」

「う、うん…ただ話を聞いてただけだから…」

「そう…よかった」

 そう言ってぎゅっと腕に力が加わってさらに神木君の胸に密着する。

 すごくドキドキして落ち着かないはずなのにこの温もりに安心してしまう。

 ほぅと息を吐きながら神木君に体を預けるように抱きしめ返すと頭皮に激痛が走った。

「いっ痛―っ」

「何してるのよ!!瞬ちゃんから離れなさいよ!!」

 頭からブチブチと髪の千切れる音が聞こえる。

 あまりの痛さに涙が溢れてくる。

「止めろ万里!!」

 いつもの神木君から想像もできないほど怒った声が響いたとたん、髪を引っ張る力が弱まった。

 今度は守るように神木君に抱き締められて、混乱した頭で万里さんを見ると顔をくしゃりと歪ませて涙を流したまま神木君を見ていた。

「万里…何してるのか分かってるのか?梁取さんに謝れ」

「な、なんで!!何で万里が悪いの!?その子が私から瞬ちゃんを奪ったんじゃない!!」

「万里っ!勘違いしてるみたいだけど俺が梁取さんを好きになって告白したんだ。梁取さんが悪い事なんて何一つない」

「…何で!?何でその子なの!?別に可愛くもないし、万里の方がずっと前から好きだったのに!万里の方がずっと瞬ちゃんを好きなのに!その子が彼女でいい事なんてないじゃない!!」

 ズキリと胸が痛い。確かにその通りで、自信を持てるところもない。それなのに私が神木君の彼女で本当にいいのかな…。

 知らずうちに体を堅くさせていたらしく、そんな私を安心させるかのように神木君が頭に顔を寄せて髪を撫でてくれた。

「俺には梁取さんはすごく可愛いよ?それに彼女は俺にとってココアみたいな存在だから…」

「…ココア?なにそれ?」

 納得できないといった顔で万里さんは神木君に訊く。

「梁取さん…覚えてる?」

 顔を上げるように神木君の手が頬に添えられ、にっこりと微笑む神木君を見つめ返した。

「ココア…?」

「そう」

 覚えてないよね。と残念そうに呟いたけれど、忘れるはずがない。

 だってそれは私が初めて勇気を出して神木君に話しかけた時のことだから。


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