秋雨の音
ただの布をこれほどに邪魔だと思ったことはない。
広くもなく、狭くもない部屋の中にいる人間は冬のみ。
長の家の離れにある部屋の中。
冬はその布をぼんやりと眺めていた。
忍として幼い頃から鍛えてきた感覚は、こんな状況でもさまざまな情報を脳に与えて来る。
畳の臭い、外に降る小雨の音、離れを取り巻く人々の気配、そして鉄の錆びたような香り。
しかし、冬の脳はどうしても目の前の光景を拒絶する。
視覚情報は入ってくる。でも、受け入れることが出来ないのだ。
今までに何度も自分が作り上げてきた物に、白い布がかかっているだけだ。
それなのに、何故受け入れることが出来ないのだろう。
幼なじみの青年の顔に掛かる白い布を見つめ続ける。彼の顔にかかっている白い四角い布をとる勇気は冬にはなかった。
「冬」
不意に後ろから名前を呼ばれた。
慣れ親しんだ気配が部屋に入って来たことは気づいていたので、特に驚くことはない。
冬が振り返ると、自分と同じ黒い装束を着たもう一人の幼なじみが視界に入った。
「どうしたの?」
無表情のままに問うと、紅も同じ表情で返す。
「いつまでそうしているつもりだ?」
「別に」
「もうそれに櫻はいない。肉体との繋がりは絶たれている」
「知ってる」
大切な仲間であったはずの人の顔の上に置かれた白い布に視線を戻して冬は短く言葉を紡ぐ。
「櫻は…私のせいで死んだ」
任務中に自分の前に飛び出して来た彼の背中。そこから吹き出した血の赤が、目に焼き付いて離れないのだ。
「冬」
紅はもう一度、その低く落ち着いた声で冬を呼んだ。
視線を後ろに向けると、いつの間にか移動していた紅の顔が視界いっぱいに広がる。
「強がるな」
紅はそう言って、何かを探すように冬の頬に指を滑らせる。
「別に強がってるわけじゃない」
紅の指を好きにさせたままにして答える。
「嘘だ。お前は俺たちの中で一番忍に向いていない奴だ」
紅は冬の後頭部に手を回し、冬の額を自分の胸元に押しつけた。
驚いた冬が抵抗を始める前に腰にも腕を絡ませ、逃れることの出来ないようにする。
「紅」
冬が抵抗の代わりに紅の名を呼ぶが、紅は腕の力を強めただ、冬を抱きしめた。
部屋には再び沈黙が流れ、外の秋雨の音が静かに響く。
冬の涙は紅の瞳に写ることなく、紅の黒い服に染み消えた。
お題を見て、シリアスな普通の男女を書こう!と思ったのですが、何故か忍の男女になってました。いつか、この三人で中編とか書いてみたいです。
ちなみに名前の読み方は
冬→ふゆ、紅→こう、櫻→おう
です。
駄文を読んでくださりありがとうございました!宜しければ感想など頂けますととても嬉しいです。
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