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遭遇・4

 しばらく飲み屋で待っていると、品物があらかた売れたらしく、男は店じまいして飲み屋にやってきた。


「房楊枝はおいらの手作りですが歯磨き粉の方は誰がどこで作っているのか、実はおいらも良くは知りません。東大門のわきっちょの市場の妓房の隣のちょっとした料理屋で、どういう訳かこの歯磨き粉が売ってるんで」

「さっきくれた効能書きが良くできているなと、思ったのだが、そこで印刷したものか?」

「そうなのかどうかわかりませんが、歯磨き粉を仕入れる時、仕入れた本数に応じて、枚数を数えてもらってくるんです」 

「ほおお、この南の市場から、わざわざ東の市場まで行くのか」

「へえ。そうです。気の利いた小物を扱う店なんかも有りますし、腕のいい代書屋もいるんだそうですよ。何でも役所関係の書類はそこに任せるとうまく事が運ぶらしいです。おいらの様な金釘流じゃあ、まともな話でもお役所で最初からはねのけられちゃうらしいんでさ。うちの畑を業突く張りの金貸しをやってる士大夫に横取りされそうなんで、訴状を書かないとな、なんて思ってるんでさ」


 その男の『業突く張りの金貸しの士大夫』の話も興味深かったが、その東の市場の事が私は気になってならなかった。早速、翌日暗くなってから市中に出たが、真っ直ぐ東の興仁之門フンインジムンを目指した。東大門トンデームンと一般に呼ばれるその場所にも、かなり大きな市場が有る。そこでよもや探し求めていた人物に再会できるとは、思ってもみなかった。


 その東の市場は南より更に活気があった。どうやら食べ物屋の評判が良いようだ。


「どうやら色々な種類のチヂミとチョンビョンが有るようです」


 チヂミは生地に様々な食材を切り混ぜて焼いたものであるのに対し、チョンビョンは混ぜ物なしで薄く焼き上げた生地に何かをはさんだり巻き込んだりした料理なわけだが、どちらも穀物の粉を水で溶いたものが生地の主な材料なのは共通している。

 店に入り、出された物を供の者にも食べさせると、皆良い味だと褒めた。


「こう言ってはなんですが、宮中で頂いたものよりおいしいかも知れませんな」


 私も判内侍府事の意見に賛成だった。特に珍しい材料を使っているようにも見えないのだが、評判を呼んでいるのは、それだけ調理人の腕前が良いという事だろうかと思い、聞き込みをさせたところ、料理に使う水と焼き油を非常に吟味していると言う。特に水を浄化させてから、全ての料理に使うと言うのは耳新しかった。


「何でも水の汚れを取る仕組みを考えた女人がいるそうで、その女人の指導でここの料理も出来たそうです」


 まだ年若いが随分と才覚の有る女らしいと判った。働き者で器量良しで物知りだと言う事で、是非本人が見たいものだと更に聞き込みをさせると、夕方からポジャギを商う店に出ている事が多いという。


「あいにく、本日は休みのようですな」


 自分でも驚くほど、ひどくがっかりした。せっかくここまできたので、あの、歯磨き粉についても調べてみた。


「ヤンホと言うこのあたりの顔役の男が中心になって、作っているものらしゅうございます」


 炭としては火力も強くなく火の持ちも良くないものでも、匂い取りにはなるらしい。その性質に着目して作り出された商品のようだ。そのヤンホが相談を持ちかけたのが、水の浄化の仕組みを考えた女と同一人物らしい。


「ますます、その女が気になるな」


 更にその翌日になって、捕盗庁を手始めに、漢城府や司憲府からも戸曹判書・安達平についての調査結果の報告が上がってきた。私が連日忍びで市中に出て色々探っているらしいと知って、本腰を入れたということもあるようだった。都承旨以下の六名と、先日文句を言いにやってきた大司諫も呼んで、調査報告を見せた。


「見ての通りの結果だ。噂はそれなりに根拠のあるものだったようだな」

「ならば、やはり安達平は罷免ですな」

「お待ちください、市中の壁書きを元に六曹の長の一人をすげ替えるなど、有ってはならない事だと存じます」


 やはり大司諫はゴネた。


「寡人自身が市中の噂に耳を傾けてみた所、調査結果と大差無い話が聞けたぞ」

「王様御自身が、熱心にお調べになった結果も踏まえての事です。大司諫の言葉は認識違いと言うものでしょう」


 別に熱心に調べたわけではなく実を言えば気晴らしに過ぎないのだが、人格者で知られ、朝廷内で派閥を超えて一目置かれる存在である都承旨の実にありがたい誤解を、私は敢えて解く必要も感じなかった。

 

 それからの一ヶ月ほどは戸曹判書の解任、処罰、新任者の選出で朝廷全体が上を下への大騒ぎだった。安達平は都から遠く離れた離島へ流罪となった。不正蓄財の額は相当な物で、それらは皆、王直属の手元資金の方に置くことにした。主な廷臣どもは皆文句を言いたげでは有ったが、自分の部署に資金を持ってくる『名分』が立たないので、諦めたらしい。


「ともかくも清廉潔白で温厚な人物を望む。皆の推挙で後任を定めたい」


 そんな風に申し渡しておいたおかげもあって、まずまずの人物が後任者に決定したのは良かった。その間、私の市中への微行は無かったし、意を決して面倒事を片付けようと言うヤル気も出たので、沈中殿とも初めて男女の事を成した。そして、他の側室達の所も平等に夜に行ってやる事にしたのだ。ちなみに申貴人は、保養のために新たに作ってやった田舎の邸に行っていて、ずっと留守だった。


「それにしても、夜も気分が休まらなくて困る」


 一時期治まっていた不眠症が、また、ぶり返した。



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