二つの指輪・1
スルギは相変わらず良く働いた。医師としても目覚ましい働きをし、後進をよく指導し、多くの若い医師を育てあげた。また多くの子供向けの学問の本を作った。スルギが導入した救荒作物は国中に根付いた。凶作の年もスルギの建策で寄付を募り外国より穀物を購入して、王である私の名で苦しむ民に無償で配布した。
「餓死者の出ない年が、五年以上続いております。まさに聖君の御世でございますな」
そんなのんきな事を言うだけの老臣も、スルギの功績は認めていた。スルギが実は世子の実母であるという事は、三人の王子が全員正室を迎えるころには「公然の秘密」になっていた。
二男の成仁は西洋の医学を学ぶために、妻を連れて清国に留学した。三男の成平は国中の伝承や言い伝えを集めて書物を著わそうとしているようだ。
「成明に子供が生まれるんですねえ。私は晴れてお祖母ちゃんです」
世子である成明と世子嬪は仲睦まじい。私もスルギも孫の誕生を心待ちにしている。
赤子がスルギの築き上げた医療制度のおかげで死ぬことが少なくなり、この国の民の数は増えている。従って穀物も真剣に収穫量を増やさなくてはいけないようだ。
成明は林亮浩に自らの意志で学んだおかげで、経理や帳簿に明るく、国の予算と収益を正確に把握出来ている。その林亮浩は、今やこの国を代表する大富豪だ。『売り手良し、買い手良し、世間良し』の言葉を看板に掲げ、その富を民のために還元し、また新しい事業に結び付け『道徳経済合一説』の実践者として世に広く認められている。母のスルギが今も「ヤンホ兄さん」と呼ぶのに倣って、成明は林亮浩を時折「林伯父上」と呼ぶ。
また、更に成明は先の王朝では普通に行われていた王族が自分の田を耕す習わしを復活させた。
「米作りも自分でやってみると、天候や新しい農法が気になるものですね」
成明は世子になる前は、母に連れられ、白丁村でも火田民と呼ばれる焼き畑でどうにか食いつないでいる貧しい農民の村にも出かけて、実態を見ていた。若い官僚たちとこの国の有るべき方向について真剣に語り合う事も多いようだ。その中で確実に次代の王としての自覚と手腕を備えつつあった。
「王世子様に謀反のうわさがございます」などと言う言葉で、親子の仲を裂こうとする輩も居た。その背景には自分たちの不正を隠す意図が隠されていた。韓明文・洪善道は無論の事だが、予想外に沈徳宣までもが目覚ましい働きをして、そうした不逞の輩をわずかの間に宮中から排除する事に成功した。
「もう、王位を早めに成明に譲ろうか」
「いや、まだ、悪賢い輩をあれでは抑え切れません」
スルギとそのような話をするようになった頃、申中殿の病はもう回復しようがないほど、進行した。どの医師の見立ても一致しており、余命は数か月と言う事だった。既に嫁いで子を産んだ二人の公主たちが、連日母親の所に通って、心のこもった看護を続けているのはせめてもの幸せと言えようか。
「主上殿下、大状元様をそろそろ中殿となさっても宜しいのでは有りませんか?」
死期を悟った中殿は私に、そのように言った。
「まだ、あきらめるな。連日介護に通う公主たちの気持ちも考えてやれ。……あれは中殿になりたがらないし、ならずとも、息子たちのおかげで路頭に迷う事も有るまい」
だが……世子の母で王族である者を差し置いて、名目だけとはいえ自分が中殿を名乗るのは心苦しかった、と、そのような事をかき口説きながら、「成弘王子様と先の中殿様は私をお許し下さるでしょうか」と呟き、涙を浮かべた。この女も私のもとに来た所為で、幸せには縁が薄かった。気が付くと陰謀に巻き込まれてしまった犠牲者でも有るのだ。
「案ずるな。きっと……許してくれよう」
申中殿は啜り泣いた。
そして……それが私と申中殿の最後の会話となった。
結局、申中殿の喪が開けた後、スルギは中殿に納まる事を受け入れた。三人の息子たちがそれぞれスルギの撒いた種を、しっかり育て上げる役目を果たせそうな目途が立ったからだろう。




