長い道・6
「そろそろ、成明の嬪宮を選ぶ揀擇令を出す準備をせねばいかんな」
この国の王世子は十歳前後で正妻である嬪宮を迎える慣わしだ。成明は無事に八歳になったが、表向きの母である申中殿は次第に病が進行して臥せりがちだ。ここは実母のスルギが頑張るべき所だろう。どうせならスルギの気に入った娘が嫁になる方が良いだろうし。
これまででも、中殿が病気の為、世子の実母や大妃が中心になって嬪宮を選んだ前例は存在する。今回は、表向き大妃様が中心となって選考なさるような形を取れば、スルギもやりやすいだろう。姪のスルギが可愛くてならないらしい大妃様なら、恐らく色々と御心遣い下さるだろうし。
「まだ、八歳ですが……めぼしい候補をあたるべきでしょうか」
「二年の内にふさわしい家、ふさわしい娘を探し出さねばならんのだから、早すぎると言う事は無いぞ」
王室にふさわしい女子を選ぶ間に出される結婚禁止令が、揀擇令だ。中殿や側室を選ぶ際に出される事も有るが、後継者が存在しないなどの正当な理由も無しに頻発すれば、暴君と見なされかねない。
過去の記録を見ても、嬪宮選出のための揀擇令の場合は特に、結婚禁止より、近く王室に慶事が有ると国中に知らしめる事の方が重要視されて期間が設定されたようだ。
通例では三十人の嬪宮候補者が決定するまでは、結婚適齢期の女子の結婚を禁止する事になる。そこから更に三分の一程度に絞り、なおも選考を重ね、最終候補が選ばれる。こうした選考過程を揀擇と言うのだが、長々と全国に結婚禁止の命令を出すわけにもいかない。結婚したい人間は沢山いるだろう。だから、事前にしっかり下調べをして、有力候補をあらかじめ絞り、結婚禁止期間は短めに設定するべきだ。
下調べを十分行うには、二年でも時間が足りないぐらいなのではなかろうか?
「正邦様も最初の中殿様とは、そうやって御一緒になられたのですね」
そう。
最初の中殿・明珠の話をする時だけ、スルギは会話の中でも「様」をつける。私にとって真実妻であった存在だから、特別な敬意を払っているらしい。確かに明珠は、幼馴染で最初の異性で初めての子供の母だが。
「うむ。互いに幼くて、夫婦と言うより最初は話し相手とか遊び仲間と言う感じであったな」
こうした時、スルギの目の中には他の女の話の時には決して見られない、ある種の諦めか寂しさと言った表情が滲む。そうした顔もまた美しいが、誤解はされたくない。
「スルギ……一人の男としての私が望んだ女は、お前だけなのだ。お前が私の本物の初恋の相手だと思っているのだが、判っているのだろうか?」
「何だか……最初にかき口説いて居られた時に、そのような事も仰ってました。話半分でも十分嬉しいです」
「半分などと、そのような事は無いのに」
亡き明珠が相手となると、妙にスルギは弱気だ。
「正邦様のために沢山働いた自信は有りますが……むさ苦しいですし、いつもバタバタ落ち着きませんし……」
「スルギがむさ苦しかったら、世の中、不細工な女しか存在しない事になってしまう。あまり着る物や装身具に興味が無いのかと思っていたが、そうでも無いのか?」
「どうも貧乏人根性のせいか、交易で取引される時は幾らぐらいかなどと、つい考えてしまいます。でも、わざわざ珍しい布を賜ったりすると、そこは、女ですから嬉しいのです。その……私のために選んで頂けたと言う、その事自体がとても嬉しいのです」
「毎晩色々話したい事が有って、身なりの話はつい、後回しになる……と思っていて良いのかな?」
「申し訳御座いません。細やかなお心遣いに、ちゃんとお礼を申し上げなかったのがいけなかったのですね」
抱き寄せると、しなやかな体はすっぽり腕の中に納まる。私に取りスルギほど大きな存在は無いのだが。
「お前は私を助けようと、いつも懸命に働いてくれている。事実、お前で無ければ出来なかった仕事も多い。これからも恐らくそうなのであろうな。だが……美しいお前をふさわしく着飾らせて、私の腕の中に止めておきたい。そんな願いを捨てきれ無い。お前に着せる物を選んだり、装身具を誂えたりする時、あれこれ思い浮かべて見るのは、私の大きな楽しみなのだ」
今着ている金襴の縁入りの紫の唐衣は、三人の王子の母にふさわしい落ち着きと気品を湛えた物をと心がけて贈った。思い描いた以上の結果に、私は満足している。
「これも、良く似合うな。これまでとはまた違う、しっとりした美しさだ」
スルギは嬉しそうに気恥ずかしそうに頬を染める。綺麗だ。幾度見ても見飽きない。
「今日は、特別に用意したものが有るのだ。さあ、手を」
スルギの小さな手は、いつも少し荒れている。それだけ私のため国のために良く働いているのだ。その指に清国で特別に誂えさせた指輪を嵌めた。こうした二本一組の指輪は身分の有る既婚婦人が持つ物で、夫が亡くなると一本をその棺に入れ、もう一本をチョゴリの結び目に付けて貞淑な未亡人として過ごす、そうした物なのだ。
一本は真珠で白梅をもう一本は紅玉で紅梅を表す意匠にしたのは、かつて梅里様と呼んでもらっていたころを懐かしみ、今のもっとずっと深く強くなった想いを形にしたいと言う気持ちからであった。
「常に嵌めていると言うわけには行かないだろうが、ずっと身近に持っていて欲しい」
「はい。でも……棺に入れて頂くのは私の方でありますように……」
スルギの方が随分若いのだから難しいだろう、そう思ったが、スルギは大真面目なようだった。
「私としては慣わしどおりであって欲しい物だが、それがスルギの望みなのか?」
「ええ」
王の葬儀を仕切るのは中殿か王世子だが……今私が死んでしまえば、スルギにその役目は頼めない。だからこんな事を言うのだろうか? 王が自分の妻の葬儀を仕切る事は、まず無いが……偉大な功臣としてなら、可能だ。本当は同じ日、同じ時刻に死に、同じ墓に納まりたいものだが、それは無理だろう。
「困った奴だ……ならばお前の喪が明けたらすぐに、私も後を追いたいものだ」
もう、スルギ無しでは生きてはいけない私なのだから。




