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遭遇・3

 そのころ、政治や世相を批判した絵入りの壁書きが、非常に話題になっていた。一日に同じ内容の物が二枚づつ、都の中の人目が多い場所を狙って張り出される。それが三日間続いたのだった。


 私も回収された問題の六枚を全て持ってこさせて、現物を見たが、強烈な内容だった。


「右ほおに大きな黒子のある大監テガンが、いつも通う妓房キバンで金払いが良いのに嫌われているのはなぜか。次の三つから正解を述べよ」


 墨痕鮮やかに文が綴られている。筆跡から大変な能書家が気軽に書いた、と言う印象を受けた。その三つの選択肢はこうだ。

 

一、いつも口が臭いから  

二、閨でしつこいから  

三、王様の財物を横流ししているだけのくせに威張るから


 大監と呼ばれる正二品以上の男の官服は赤いが、文の隣にはその赤い官服姿の老人が、酒を飲みながらしつこく妓生に絡んでいる様子を、面白おかしい戯画に表しているのだ。三つの選択肢ごとにそれぞれ絵が添えられている。水墨画に朱でわずかに彩色しただけだが、該当者だと思しき人物の特徴をよくとらえているのは、驚くばかりだ。


 そして、オチが笑える。「三つとも正解」なのだ。


「実に良くできているな」

「都中の噂になっております」

「張り出されたのは、全部で六か所か?」

「そのようです」


 今朝の朝議の場でも、その当事者がノコノコとあらわれた折に、皆がしきりに噂していたらしい。

 王直属の秘書官とも言うべき都承旨と左右承旨・左右副承旨、同副承旨の六名を前に、私は壁書きを再び見返した。やはり皆も、文字は能筆の者が楽々と書いたような印象を受けたようだ。絵は相当な才能をうかがわせる。笑いに紛らわせているが、批判は強烈だ。


「問題は三番目だ。戸曹判書が不正で私腹を肥やしているとしか読み取れないが」

「戯れごとめいた書きぶりですが、かなりの見識の人物が描いたものの様に感じます」

「内密にお調べはお入れになった方がよろしいのでは」

「うむ。そうしよう」


 犯罪捜査が専門の左右の捕盗庁ポドチョン大将テジャンをその場に呼び寄せた。


「ここに上がっている噂について、見聞きしたことは有るのか」


 私の問いに対して、私腹を肥やしている人物は十人以上噂に上っているが、なじみの妓房キバンで派手に散在するのは数名に限られていると答えた。


「恐れながら、右ほおに大きな黒子が有るのは仰せの通り御一人だけです」

「戸曹判書・安達平アン・ダルピョンで相違ないか?」


 私が実名を挙げると左右の大将はしばらく無言で顔を見合わせていたが、頷き「仰せの通りでございます」と答えた。気まずそうに顔を見合わせた様子から、他の部署にも調べる様に申し渡す必要を感じた。漢城府の判尹や司憲府の大司憲にも安達平について調べさせた。


 翌日、司諫院サガノンの長官である大司諫テサガンが「何故、壁書きなどと言う不確かなもので国家の柱石たる人物を調べさせるのです」と意見を言いに来た。確かに匿名の文書をまともに取り合うべきではないという主張は、一見筋が通っているが……都でも朝廷でもこれほど噂になるのは、やはりそれなりの根拠が有るはずだ。大司諫は王に諫言をするのが役目だが、安の爺の実の甥なのでそこは割り引いて考えるべきだろう。


「調べて何も後ろ暗い事が無ければ、寡人も自信を持って朝廷の皆に『根拠の無い噂をやめよ』と言えるな」


 私が顔をじっと見て言ってやると、それ以上の言葉は出てこなかった。

 


 あの笛を吹く人物に助けられてから、私は二日か三日おきに市中に忍びで出るようになった。あの折の経験から内侍府の中の腕の立つ者を六名ほど、身近につけている。判内侍府事も一緒だ。酒場に入り、噂話に耳を傾けたり、触れ書きの張られている所で民の言葉を耳で拾うように気を付けた。


「どうやらあの壁書きの内容は、事実無根と言う訳でも無さそうだ」

「口が臭いという、あの壁書きを気に掛ける男が多いのでしょうか? あちらの露店に面白いものが売っておりました」


 その露店に見に行くと一人の中年男が、盛んに呼ばわっていて、辺りを男どもが取り囲んでいる。


「奥方様、お嬢様、婀娜な妓生から、しっとり年増の女将さん、はては尼さん、巫女さんまで、女は誰でも口の臭い男は大嫌い。毎食後、これで丁寧に歯を磨きなせえ。そうすればあら不思議、あなたも、あなたも、ほれ、そこのお若いあなたも、女にもてるようになる事請け合いです!」


 すると、小さな壺に入って紙のふたをした歯磨き用の薬らしきものが、飛ぶように売れている。少年が父親であるらしい男の商売を手伝って、懸命に売り子の役を務めている。


「これは、どうやって使うのだ」


 私が尋ねると、男は手の平ほどの大きさの紙を渡した。そこに事細かに用法・効能が書き記してある。主成分は塩・炭・ヨモギといった所らしい。王宮で使う焼き塩より、効き目が有りそうだった。


「ここにある房楊枝はおすすめですぜ。柳の枝の筋をうまい具合に細かくしてありまして、これに歯磨き粉を少しのせて、丁寧に一本一本磨くんでさ。特に夜寝る前は丹念になさって下さい。最後は、よく口を漱いで下せえよ。そうなされば虫歯にもなりませんぜ」

「あの壁書きのおかげで、大繁盛じゃないか?」


 そう水を向けると、警戒したような視線を向けてきたので、銀の小粒を握らせて「そこの飲み屋で待っているから、歯磨きを作った者を教えてくれないか?」と頼むと、頷いた。





正確には大監(テガム)は正一品、従一品、正二品で、日本の太政大臣、左右大臣級のトップエリートです。赤い官服は王に直接の面会を許される正三品堂上官と言われる役人までです。正三品でも王に直接面会出来ない堂下官は青い官服になります。

従二品と正三品堂上官は大臣候補級で令監(ヨンガム) と呼ばれます。





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