長い道・1
スルギが言うには私と言う王の存在が、これからのこの国の有り方を変える一つの要なのだと言う。そして果てしない派閥抗争を終わらせ、実学を尊ぶ気風を育てないと、この国は大変な事になるとも言った。
「神というか正邦様や私を異世界からこちらに生まれ変わらせた存在の配慮かも知れませんが、倭国からの二度にわたる侵略が無いですし、清との戦闘も一度少ないみたいですね」
「なぜだろうな?」
「特に倭との実り少ない互いにとって悲劇的な関係は、どうにかした方が良いと言う事でしょうか。私は前世で三百年ほど後の倭の人間として生きていましたから、互いの国にとって不幸な歴史の流れが変われば良いのにとは、幾度か思った事があります」
スルギの知る歴史では、派閥抗争は多少形を変えるが、性質の悪い深刻な状態で延々二百年も続くという。そして幾人かの優れた実学的業績が有っても、忘れられ踏みにじられて、全ての改革が停滞し、国全体がますます貧しく惨めな状態となり、時間ばかりが過ぎ、やがて列強の介入と侵略という最悪の結果を招くらしい。
「スルギと同じ世界にいたのだろうな、私も」
「たくさんの国が存在しますが、どこの国の人でしたか?」
「それが、わからない。スルギ程前世の記憶が鮮明ではないのだ」
「なぜなのでしょうね?」
「死んでみなくてはわからんのだろうが、スルギと別れたくないから死にたくない」
「まあ。本当に?」
「ああ。無論だ」
「では、私は生まれ変わっても、正邦様と仲睦まじく共寝する仲で有りますように、と願うことにします」
「ならば私はスルギだけを愛し、唯一の妻だと言える国に生まれ変わりたい」
私は幾度かスルギを中殿と同格、あるいはそれ以上の妃として後宮に迎えようとしたが、いつもスルギは反対した。確かに後宮に入っては思うように改革を押し進める事も適わないだろう。スルギの建策から始まった隠田をめぐる数々の不正も、沈家の隠し財産であった分を取り上げたのを皮切りに、大半の条件の良い隠田を王の直轄地として取り込むことに成功した。資金面でのやりくりが楽になったおかげもあって、様々な改革が実行され、実を結びつつあった。
スルギも私も昼は改革のため夢中で働き、夜は共に眠る日々を重ねる内に、歳月は瞬く間に過ぎた。
成明は無事に数えで五歳を迎えた。
「そろそろ御秘蔵の王子様を御披露ください。この爺も目の黒い内に次代の聖君となられる方にご挨拶を申し上げたいものです」
余命いくばくも無いと言われながら、どうにか無事にここ数年を過ごしてきた金領議政は、成明の立太子式に出席して、役目を果たしてから眠るように安らかに亡くなった。
立太子にあたり申中殿は成明を猶子としたが、成明の生母がスルギで有る事は承知の上だ。
第二王子は成仁と名付けたが、既に三歳だ。第三王子の成平も無事に生まれたので「そろそろ母君を披露なさるべきでは」という話もちらほら出たが、披露すればスルギは後宮に入らざるを得ない。それでは思うように活動出来なくなり、改革も滞る。それが狙いと言う者も居るだろうが、利権と派閥がらみの思惑で国全体が揺れ動く状態は、一刻も早く終わらせたい。
実情は、気が付いている者は居るし、知っている者は知っているが、公の場所で大状元が世子の生母だと言う者は居ない。
金議政と相次ぐようにして、祖母である大王大妃様も亡くなられた。
「良き王子が三人も生まれて、ホッとしました」
それが最後の御言葉だった。スルギが三人もの王子を無事に産んでくれた事を大いに喜んでくれたが、それ以外のスルギの様々な功績の方は、正直言って祖母の理解の範疇を越えていたかもしれない。だが、祖母がいつもスルギを全面的に支持し擁護してくれたのは確かで、実際大いに私の助けにもなったのだった。
丸一年の服喪の後、成明は忍和と共に東宮殿に移った。だが、成明の母がスルギで有る事は、まだ公に宣言出来る状態では無かった。