秘密を探る・11
成弘殺害事件に後宮の女四人全員が何らかの形で関わっていたと知った瞬間、私はかなり不穏な事を口走っていたようだ。いや、瞬間と言うのは私の主観で、スルギが言うにはかなりの間、歯ぎしりしながら随分と物騒な事を言っていたらしい。殺してやるとか、全員流罪だとか、後宮なんて空っぽにしてやるとか……
「あまりに大きな歯ぎしりで、そのような状態は初めて拝見したので、どうしようかと思いました」
ああ、そう言えばそうだったかな……スルギは私をしっかりと抱きしめてくれた。スルギの方がずいぶん小柄なのにおかしな言い方だが、私は優しく強いスルギに抱きしめられたのだ。そして精神の平衡を取り戻したのだ。
「無理に何かおっしゃる必要も、無理に涙を堪えられる必要もないのです」
その言葉は恐らく私が一番求めていたものだったと思う。何年ぶり、いや何十年ぶりか忘れたが、私はスルギの胸に顔を押し付けて号泣したのだった。
「随分、派手に濡らしてしまったな」
あきれたことに私の涙のせいで、スルギの胸元は桶の水でもぶちまけたような濡れ具合だった。改めて自分の女々しさが恥ずかしくなった。
「何か、お飲みになりますか?」
「いや。もう少し、こうしていてくれ」
「ええ」
「母親にすがって泣きじゃくる馬鹿息子のようだな」
「どんなに賢い方でも、泣きたい時は泣く方が良いのです」
「壁に向かって一人で泣けば良いのに、つい、スルギにすがってしまった」
「その『つい』が、とても嬉しいのです。さすがに……壁よりは多少はマシだと思って良いですよね?」
「自分以外の女との間の息子の事にいつまでもこだわってと……そんな風には思わないのか?」
「自分の子供が殺されたのなら、なぜどうしてそうなったのか、知りたいのは当たり前だと思います」
「当たり前か」
「ええ。当たり前です。大事な子供なんですもの」
私を気遣う優しい眼差しと、穏やかな声、そして、ぬれたせいで透けて見える豊かな胸元……スルギに身も心も癒されたいと言う本能からか、二人の距離を可能な限り近づけたいと言う感情の所為か、気が付くと私は自分の服もスルギの服も総て取り去って、膝の上に抱えたスルギとぴったり肌を合わせていた。そして思いのたけを総べてぶつけるようにして、事をなした。
「二人で一緒に何処か別世界に抜けて出たみたいな……」
まだ体のほてりが引かないスルギも私と同じように感じてくれたらしい。
「何だか嬉しそうでいらっしゃる」
「うむ。きっと子が出来た」
その夜は、夢の中でもスルギを抱きしめていた。
スルギのおかげで、私は不幸にもならず不安にもならず落ち着いて事後処理にあたる事が出来た。
「徹底して処罰すべきです!」と言う者も、「御温情を」と言う者も、自己保身と利権の保持で頭がいっぱいな奴ばかりだった。沈家から受け取った金品や、親族の官職に関する口利きに関する証拠を突きつけ、双方の勝手な言い分をひっこめさせた。
沈守己は死罪とした。
息子の内、知宣は半年の流罪の後、実父の家を再興する形で継いだ。政治に直接は関わらない王族の身分に繰り入れたのだ。沈家の資産の半分は没収されたが、残り半分は徳宣と武宣で分割相続とさせた。
元の邸は寡婦となった正室と実子の武宣夫妻が住まう事となった。武宣には実子の朴銀龍の存在を伝えたが「主上殿下と大状元様の御意向にお任せします」との事だった。成長した銀龍が望めば事実を伝えるが、あくまで朴姓を名乗らせると言う事に落ち着いた。柳執事は武宣夫妻に仕える事を望み、認められた。
徳宣には自身の官位官職に見合った邸を与えた。特に「実母が年老いたならば、気兼ねなく引き取るが良い」という言葉を添えたのは、徳宣の実母の妓房の主は、スルギの恩人だからだ。
「余りに甘いのではないか?」と言う声は、蜘蛛の巣の様に複雑に絡んだ利権の頂上に守己が居ただけであり、厳密に処罰をすれば議政府と六曹の主な面々は、全員有罪だと朝議の席で伝えると止んだ。
新中殿は中宮殿に入った。
さらにしばらくしてスルギは「病気が再発した」として、産休に入った。今度も王子だと私は信じていた。