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新風・2

「武科殿試、受けなくちゃいけませんか?」

「うん。その方が女だとばれにくい」

「そうでしょうか? 練習しているうちにバレちゃったりしても、知りませんよ」

「バレたら、お前は後宮に入れる。中殿と同格の建物を作り、世子の生母として皆に披露する」

「絶対バレますって……っていうかバレて欲しいのですか?」

「いや、そうではない。表で頑張るスルギを見るのは、好きだ。時々後宮に閉じ込めたくなるがな。まあ、私も気持ちは揺れるのだ。だが、表の方でお前の手腕が欲しいのも事実だ」


 スルギは戸惑っているようだ。私が勝手なわがままを言うと思っているのかもしれない。武官たちには能力の高さを証明できるし、後宮の女たちは、武科殿試に受かるような者は女だと思わない筈だ……と説明したがスルギは納得出来ないようだった。


「あの沈徳宣に以前言われてしまいましたよ。『女の匂いがする』って。騎撃毬の場合、結構体が近づくじゃないですか。皆、変に思いませんかね」

「極端な話、誰もお前が女だと公言しなければ十分だ。勘が鋭いものは気が付くだろうが、王である私の扱いを見ていたら、うかつな事は言うまい。騎撃毬を宮中で練習する連中は、私への忠誠心は強い筈だから」

 内侍府の者達とスルギは三日に一度程度武科殿試に向けた練習をするが、馬に乗って球を打つ騎撃毬だけは内侍府には適切な練習相手が居ない。それに馬の問題も有る。


「私が、お前の勇ましい艶姿が見たいのだ。お願いだ、見せてくれないか?」


 スルギは『お願い』されると弱い。

 

「一つ心配なのは……お前に惚れてしまう武官が続出するだろうと言う事だけだ」


 だが、少し気になる事は有った。

 表向きは不味い事も無いのだが、沈知宣が正式に韓明文を議政府の人員として推薦して来た。現職の義禁府の都事と兼職の形で議政府の公事官にすべきだと言う内容だった。

 これは、沈知宣が判書を務める礼曹に引き取る気はないと言う遠回しな意思表示かも知れない。

 礼曹は王室の日常の事と儀礼が主な担当だ。中殿の身内として何がしか後ろ暗い工作に礼曹の連中を使っていると思われるのだが……その汚れ仕事に韓明文を使う気は無いと言う事だろう。後ろ暗い仕事に、真っ直ぐな性分が向かないからなのか、私の密命を受けている事を薄々承知しているからなのか、その両方なのか、どうもはっきりしない。だが、良かろう。この際、身分と権限を引き上げておくのも悪く無かろうと思った。


「沈知宣がお前を議政府の公事官にしたいと上奏文を送ってきたから、領議政と左右議政を呼んで『韓明文は温厚な中にも毅然とした所があり、将来楽しみだ。従六品・公事官では現職と横並びの兼職に過ぎないから、せっかくなら正五品・検詳としよう』と言って認めさせた。まあ、ついでに右議政に『知宣は人を見る目がある』と褒めておいたぞ。多分、お前の上司の機嫌は悪くなかろう」


 スルギの邸でそう伝えると、韓明文は素直に喜んでいいのだろうかといった複雑な表情をした。もう、すっかりスルギの邸もなじみの場所になったようだ。逆に言えば、沈家側から見れば寝返りを警戒するべき人間になったとも言える。もう寝返ったと思われているのかもしれない。

 韓明文自身も、沈知宣が自分を警戒して遠ざけたのだと感じたようだ。役目を果たせずにいると言う意味合いの詫びる言葉を口にしたので、私はそれならそれで、やり方も有ると伝え、焦るなとも言っておく。

 議政府・検詳の定員は一名だけだ。全ての役所の目付け役と言った意味合いが大きく、上官たちが話し合うべき課題を何にするかを左右できる、重要な役割なのだから、やはりやりがいは有るだろう。


「スルギと成明の事を頼むぞ。だが、こうなるとお前はスルギの監視役は解任か? 後釜は誰だ?」

「大状元様の御信頼を得たとは言ってあります。私は相変わらず監視役で、恐らくは、私が大状元様に寝返らないかを監視する者がつくのでしょう。既に先程それらしき内侍と、下仕えを見ました。共に塀を乗り越えたり、木に登ったりして撒いてやりましたが」

「どこの手の者か見当はつくか?」

「中殿様の所に出入りの者達です。名前までは存じません」

「当たり前と言えば、当たり前だな。姑息な手段に頼らず、今は仕事を通じて正面から沈家の連中の信頼を得よ。それより、お前、あれに騎撃毬の技の一つも伝授してやってくれ」


 騎撃毬好きの中に当然『馬馬鹿』洪善道も含まれる。スルギが自然に洪善道と気心の通じる仲になってくれる事を私は大いに期待したが、意外な人物がスルギへの接触を図るとは、まだ私は知らずにいたのだった。


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