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布石を打つ・3

 食事を終えて給仕の女官たちが退席すると、すぐに判内侍府事に声をかけられた。


「いかが遊ばしましたか? あの方と何か気まずい事でも御座いましたのか?」

「いや。そうではないが、戸曹の人事でなあ……入れ替えたいが」

「……戸曹判書の家で何やらもめ事が有り、人が亡くなったようです。それを沈家が手を貸して揉み消しましたとか」

「揉み消したのか。誰が亡くなったのだ?」

「御正室です。寵愛している側室は沈家の先代が妓生に産ませた娘だとか」

「つまり、その側室は右議政の異母妹なのだな?」

「はい。沈家が関与して、争いが余計に深刻になったようです」

「うまくすれば、スルギの望みを叶えてやれそうだが、下手をすると厄介だな。だが……」

「国法に照らし、是々非々で臨まれれば、誰も否やは申せますまい」

「それにしても、当事者がひた隠しにしている不祥事をよくも知り得たものだな」

「はあ。これでも、それなりに色々網を張っておりますので」

「正室はどこの家の出かな?」

「洪家の出かと。平市署提調を務める洪敬徳様と殺害された御正室は父君が御兄弟とか」

「ああ、思い出したぞ。正室は嫁入りして翌年に息子を産んだが、幼い内に病で亡くしたのであったな」


 それ以降正室は子宝に恵まれなかったはずだ。それから三日ばかりかけて内密に情報の裏を取った。やはり噂は真実である可能性が高い。

 改めて洪敬徳を呼び、どう考えているのか話を聞いた。


「庭の敷石でしたたかに顔を打ったとかで、死に顔も見せてもらってはおりません。変だとは思っておりましたが、まさか毒殺とは……」

 調査の結果を見て絶句していた。だが、事を表ざたにしたくは無さそうだった。

「その……娘の立場を思いますと、あまり事を荒立てたくはないと、つい思うのです。お許しください」

 娘は本家の当主である右議政からすると分家筋ではあるが、幼馴染の沈家の男と夫婦となり、まずまずの官位を得て子供たちにも恵まれ、仲睦まじく穏やかに暮らしているのだと言う。

「事を荒立てたくはないか。ふむ」


 洪敬徳を退出させた後、どうすべきか考える。判内侍府事なら、沈家を追い落とす好機と捉えるのだろうか。

「何事も思し召しのままになさるべきかと」

 機嫌が良いのか悪いのか、いまだに良くわからないこの食えぬ老人の顔を見て、また考え込んでしまった。


 私は右議政・沈守己と平市署提調・洪敬徳を大殿に呼んだ。


「現在の戸曹判書を解任したい」


 私は何も細かい話はしないで、それだけをまっすぐ切り出した。スルギの話は全く匂わせない方が良いと感じたのだ。二人は深々と礼をした。だが無言だ。次を続けろと言う事らしい。


「ついては、この洪敬徳を新たに任命したいと思う。右相ウサンどう思う?」

「すでに従一品の位をお持ちの方には申し訳ない様な気も致しますが、六曹は国政の要ですからな。まことに結構かと存じます」

 平市署提調は従一品相当の官職だ。戸曹判書は正二品だが国政の中枢に食い込んだ役職だ。まあ、横滑りの人事と言えよう。こうした場合、位はそのままで官職だけ移動する形を取るものだが。

「提調はどうだ」

「はっ、心して務めさせていただきます」


 私が一切現職者の不行き届きに関して言明しなかった事を、右議政は私の『擦り寄り』と取ったらしい。宮中でも贔屓の妓房でも探りを入れさせたが、沈家と姻戚関係が有る人物で、事件の被害者の近い身内を後任に据えた事で、総て円満に片付く。そう認識されたようだ。洪敬徳自身が穏やかな人格者であるのも幸いした。

 どうやらスルギのこれからを考えて断行した人事だとは、悟られずに済んだようだ。

 

「なあ、洪敬徳ならば悪くあるまい。早くからスルギの才覚と手腕を高く評価もしていたのだからな」

「はい。ありがとうございます」


 スルギは本当にホッとしたような顔になってくれたので、苦労した甲斐が有った。

 

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