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布石を打つ・1

 スルギの出産以前に、大殿に配属されていた盗み聞きの常習犯の尚宮は、私が直接に宮中から立ち去るように命じた。私の存命中は都に立ち入る事も禁じた。纏まった金品を与え、出身地に戻るように申し付けた。そして表向きは病による宿下がり、と言いつくろってやった。


「不届き者に余りにお慈悲をかけておやりになるのも如何なものでしょうか」


 判内侍府事は良い顔をしなかったが、不届き者は多くの身寄りのものを宮中に呼び込んでおり、恨みを買わない方が賢いというスルギの意見に従う事にした。

「銀と絹は『あれ』の心遣いだ」と私が言葉を添えると不届き者はハッとしたようだ。「宮中で見聞きいたしました事を外で漏らすような事は、終生いたしません」と殊勝な様子で言ってのけた。だが……本気にして良いものだろうか?


 近いうちにスルギが言うように盗み聞き防止のために、控えの間を作り、私の居室の出入り口の前に立つ人間は最も信頼できる大殿内官だけにする、などの実効的な方法を取る必要が有るだろう。


 今の私には朝廷の『功臣』どもを追い払うどころか、中殿を据え替える力すらも無い。ようやく盗み聞きする手先を排除できる目途が立っただけだ。情け無い。悔しい。折角スルギが成明という息子を産んでくれたのに、スルギこそが真の私の妻というべき存在なのに、どうやって報いたら良いのだろう。

 スルギは何か物を欲しがったりしない。だが、私の気が済まない。今の私なりに、スルギの役に立つ事が何か出来ないだろうか? 何か与えた事で逆に危険が及ぶのでは本末転倒だし、出来る事ならスルギが身を守るのに役立つ物……そんな物が何かを考えこむ。判内侍府事はとっくの昔に私の想いを見越していたようだ。


「大状元にお邸を、宮中のすぐ隣に賜りましてはいかがでしょう?」

「おお、その手が有ったな。だが、新たに邸を立てるには良い資材も職人も押さえて置かねばいかんな。あまりその、工曹ではそうした物をすぐには用立て出来にくいだろう。だからと言って礼曹にはこの話は出来んし……」


 工曹はあくまでも公共性の高い建物・道路などの普請が本来の仕事だ。王室の事、王の個人的な生活に関わる部分は本来は礼曹の担当なのだが、その礼曹の長官である判書を沈中殿の長兄である切れ者の沈知宣が務めているのだ。権力を握る右議政・沈守己の最も信頼する息子であり、取り巻きの切り崩しも容易ではない。礼曹判書の権限で横槍を入れられては厄介だ。スルギの高貴すぎる素性や私との関係については可能な限り隠すべきだろうし、何よりスルギが王子を産んだと感づかれては危険だ。


「既に、土地以外のものはあらかた用意して御座います。さすがに内部の調度や、あの方が必要となさる書物やら道具類までは無理ですが」


 なんとまあ、準備もしていたのか。つくづく用意周到な奴だ。私としては宮中と目と鼻の先、できれば袞龍袍のままで思いついたらすぐに顔を出せる場所に邸を構えさせたい。

 判内侍府事が管理しやすく、医療の中心である内医院ネウィウォンにも近い方が良い。


「先々代様の頃までは舞楽を催していた空き地はどうだろう? 内侍府が今は管理しているのではないか?」

「さようでございます。ただいまは内侍府監察部の武芸の修練に使っております」

「内医院が近いな」

「歴代の東宮様の為の御学問所も、すぐ隣です」

「おお、そうだな、そこで決まりだ」


 スルギは喜んでくれるだろうか? 実はそれが何よりも気になる私であった。




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