希望の光・19
「いやはや、どこで見つけておいでになったかは存じませんがああも見事な成績を取られてしまっては、具合が悪いですな。宦官に表の官位官職を与えた例はこれまで皆無でしたのに、一体どうすれば」
「登用はお控えくださいとは申し上げたが、あの答案を見て王様の御意向に沿うべきではないかという意見も上がっております」
慣例を破った三十四人目の殿試の受験者・金勇秀つまりスルギが、他の受験者を圧倒的に切り離した好成績で状元及第したのを受け、スルギをどう扱うべきかで朝廷内は紛糾していた。
殿試の結果が出てすぐ、しきたり通り上位十名を王である私が直接表彰し、一位から三位までの者は輿に乗って都を練り歩くのだ。
「今頃は龍頭会主催の酒宴か? 嫌がらせや辛い目に遭っておらんかな」
大殿で判内侍府事を相手に酒を飲んでも、スルギの事が気になって仕方が無い。
「会場の妓楼はあの方がかつて、女将から花形の主な妓生連中まで親しく交流なさっていた所です。姑息なたくらみや嫌がらせは、恐らく有ったとしても未然に防がれましょう」
「そうか。それを聞いて安心したぞ」
既に市中に放った者たちから幾つかの報告が入っていた。華やかに夕暮れの街を進む及第者達の行列は、歓呼の声を持って迎えられたらしい。特に目を引いたのは艶やかに着飾った妓生たちの「金状元様、素敵~」と言う黄色い熱狂的な歓迎であったと言う。
その後は連日祝賀の宴会が続いている訳だが……スルギは必要最低限の宴会にしか出席していない。懐妊しているのだし、スルギにはこれといった学問の師匠もいないからだ。医学の師である高尚薬は酒は好きだが宴会は嫌いだというのだから、必要も無い。
「龍頭会主催の宴会で即興に作らせた詩も見事でした」
領議政の金恩成は判内侍府事の事前工作のお蔭か、異例尽くしの状元・金勇秀に対して友好的な態度を取っている。領議政は歴代状元及第者の親睦団体である龍頭会の会長でもある。朝議の席でこのような話題を出すのも、その表れだろう。
「どの様なものであったのか、知りたい」
「たまたま宴の席に有ったミカンを私が手に取りまして、皆にミカンにちなんだ詩を作らせてみましたら、かの金勇秀が真っ先に筆を走らせ、書き上げましたのがこれでございます」
「読み上げて、皆にも聞かせてやってくれ」
「はい。題は『柑子に献ず』でございました」
領議政は高齢ながら、詩を吟じる名人としても知られていた。朗々と読み上げられた詩は見事だった。
桃李 珍と雖えども 寒さに耐えず
豈に柑橘 霜に遇うて美なるに如かん
星の如く玉の如く 黄金の質
香味 応に簠簋に実つるに堪るべし
太いに奇なる珍妙 何こに将ち来る
定めて是れ天上の王母の里ならん
応に千年 龍頭の会を表わすべし
攀じ摘まんで持って我が国王に献ずる
「見事だ。領議政の吟じ方が見事なお蔭やもしれんが、実に良い出来栄えだと思う」
私が褒めると、追従と言う訳でもないと思う。多くの賛辞を皆が述べた。
「素晴らしいですなあ」
「いきなり目の前のミカンを詠めと言われて、こんな具合には普通いきません」
それらの声がひとしきり治まった所で、私は宣言した。
「金勇秀だが、官職は当分は見送ろう。皆の方も色々と戸惑うようであるからな。だが、かつて寡人の命を救い、また今も寡人が孝養を尽くすべき方々に良くお仕えしてくれている。更に、医科も一等第一席の成績で合格し、またこうして見事な詩も披露された。本来、状元といえども初年度は最高で五品どまりが通例であったが、今回は官職をあきらめさせるのだ。大王大妃様、大妃様は『位しかやれぬなら、いっそ正一品を』と仰せだが、そこまでは難しかろう。これまで宦官に与えられた最高の官位、正二品をもって、報いてやりたい。賢いあれなら、その高い位も決して無駄にはしないだろう。よって金勇秀には大状元という一代限りの称号を与え、正二品に叙す事とする」
領議政の詩吟の効果か、こう宣言しても意義を唱える声は出なかった。