希望の光・17
明日はいよいよ殿試当日と言う日になって、私は腹が立ってならなかった。だからと言って誰にでも愚痴を言えるわけでもない。昼食の後、判内侍府事に庭のあずまやで鬱憤をぶちまけたのだ。
「昨夜になって、ジジイどもが『金勇秀が良い成績をおさめたとしても、やはり登用はお控え下さい』と言ってきおった。不快だ。実に不快だ。判内侍府事、あれは『まあ、それが世間と言うものでしょう』と笑い、寡人に怒るだけ損だと言うのだがな。大司憲の林誠哲が提案した様に、官職は諦めるが位の方は高くすると言う事で手を打つしか無いか」
「なるほど、確かに現実的な落としどころなのでは御座いますまいか? あの方を百官の頭に据える事は、これまでのこの国の有り様を考えますと難しゅうございます。それに、何よりお体の事もございます」
「ああ、そうだな。それはそうだ。腹立たしくて、忘れておったよ」
「御心を落ち着けませんと、不逞の輩に思わぬ事で付け入られます」
確かに。様々な思惑と策謀が入り乱れる宮中で大切な者を守るためには、落ち着いて用心深くしなければ。
「受験資格に関してもごねてな。あれが内侍で、その出自に関して疑わしい節が有り受験資格に問題有りと抜かすのだ。『王の特命による人選』の特別枠を使ったと解釈しても構わん、と言い切ると皆黙ったがな」
「断固たる御決意を示されたことで、御期待の大きさが皆にも伝わりましたでしょう」
「皆、あれが状元となる事を恐れているのだ」
「ですがそうなりましても『龍頭会』は迎え入れると思います」
状元とは首席合格者の事で、終生王に直接面会を求める権利を持ち、歴代首席合格者のみが入会できる『龍頭会』の会員となる。通常はそのまま高位高官への道を進むが、たとえ野に下っても「状元」の威力は大きい。通常、苗字の下に「状元」を付けて敬称とする。スルギなら金状元と呼ばれるわけだ。
高尚薬は第三席合格者の「探花」であったので、上位成績合格者の親睦をはかる『鼎元会』の会員ではあるが、その資格だけでは上部組織である『龍頭会』会員ほどの威力は無い。
今回の件で、判内侍府事なりに独自に動いているようだ。かねてから国子監の下仕えや官奴婢たちを手懐け、内部の事情を探らせているのは知っていたが、今回は現在の『龍頭会』の会長である金恩成に接触を図ったようだ。金恩成は後宮で中殿と一番揉めている側室・昌嬪の祖父で、言わずと知れた領議政、すなわち全ての官吏の頂点に立つ老人だ。
「元来あの方は高貴な御血筋であったが、清との戦の折の混乱の中で内侍になる羽目になられた……とまあ、このように申しておきました。更には領議政自身ともかなり近い血縁関係だとも言っておきました。まあ、嘘でもありませんからな」
「ほう、そうか。あの爺は血筋に対するこだわりが強い。効き目が有るかもしれんな」
「大王大妃様や大妃様はあの方の高貴な御血筋について、良く御存知なのだとも言い添えましたからな。大丈夫でしょう」
今回の殿試からは宋の頃考え出された不正の防止措置を復活した。スルギ以外の正規の殿試の受験者はいずれも名門・有力者の子弟で有ったので、その措置は誰も反対する者は無かった。その作業・監督に当たる者を金や地位でつり、不正行為に巻き込む事ぐらいたやすいと見ていたのだとも思われる。
身分は軽いが、どの門閥にも属さず不正を憎む者を慎重に選び、試験官の役目をさせる事にした。その時点で多少『身分が軽い者はふさわしくない』などと文句を言う者が居たにはいたが、概ね自分の派閥の子弟の仕上がりに自信が有るようで、どうにか実行できる事になった。ともかく、スルギには万全の態勢で殿試を受けさせたい。ともかくも手は尽くした。全てが順調に行くように、あとは祈るばかりだ。