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希望の光・15

 皆が言う見習い内侍・金勇秀キム・ヨンスとはスルギの事だ。国子監での最初の課題は「李杜の詩より随意選び楷書・行書・草書・篆書で書写せよ」と言う内容だったそうな。篆書などと言うめったに使いもしない書体まで指定したのは、間違いなく弘文館の長官である大提学の張季良チャン・ゲリャンだろう。側室の一人張昭容の実の兄で、違法な高利貸しを影でやっているというもっぱらの噂の人物だ。いつの時期だったかの状元だが、当代きっての能筆家などと持ち上げる輩も多い。本人としては篆書に関しては、この国で一番だと自負していたようだ。それが……


「いやあ、あの見習い内侍、凄いですぞ。皆度肝を抜かれました」

 大殿テジョンに出入りする連中が朝からその話ばかりだ。

「李白から『蜀道難』『靜夜思』『月下独酌』の三作品、杜甫から『蜀相』『石壕吏』『登岳陽楼』の三作品を選びましてな、楷書は一書体、行書・草書は各々二書体、篆書も一書体で実に見事に書き分けましたぞ」

「そのまま屏風にでも張って飾っておきたい出来栄えで」

「我が子の手習いの手本に何か書いてほしいですな」

 だが、もっと驚かされたのはその筆跡の見事さではないそうな。

「二つ目の課題は、朝廷への上奏文を一つ仕上げてみるようにというものでしたが、これがまた凄かったですぞ」

「書体・型式が完璧なのも凄いですが、何より中身に仰天しました」

「飛んでもないのが出てきましたな」


 皆、一様にスルギの能力の高さは認めながらも、どう扱うべきか態度を決めかねているようだった。王である私との関係性が読めないのも不安なのだろう。


 後から上奏文形式の回答についてスルギに尋ねてみると、恥ずかしそうに手の内を明かしてくれた。

「唐の時代の『塩鉄論』でのあれやこれやを前振りに入れて、結論は中華民国の塩政顧問だったイギリス人・ディーンの手法が良い、という事にしたのです。インチキです。ズルですね」

 ふうむ。異なる世界、異なる時代の知恵を借りたとはいえ、それを見事な奏上文にまとめ上げて書き上げたのはスルギの能力だ。


 それにしても腹立たしいのは張季良だ。スルギが見事に篆書で漢詩を書き上げたのがよほど悔しかったものと見える。スルギに関して面白おかしく勝手な噂を広めているようなのだ。曰く「王は衆道の気がお有りではないか」だの「あの内侍は美貌と按摩や鍼の腕前で孤閨を託つ高貴な方々を慰めて差し上げている」だの、実に無礼千万だが、可愛い順恵翁主の実の伯父だけに表だって処罰しにくい。

 以前ならそうした陰口も気が付かなかったが、最近は話を聞かせてくれる尚宮や内侍にマメに褒美を遣わすようにしているので、すぐにどこで誰に向かって張季良がスルギの悪意有る噂を口にしたのか分かるのだ。


 夜は毎晩スルギと眠るので、最近後宮では昼食時に順番に女たちの所を回っている。女たちの顔を見にと言うよりは、それぞれの産んだ娘たちに会いに行くのだ。張昭容の所で昼を食べた後、散歩がてらスルギのいる薬草畑に順恵翁主と一緒に向かった。

 癇癪持ちですぐ目下の者に辛く当たる張昭容が産んだにしては、順恵は賢い良い子だ。以前木に髪の毛を引っかけて身動きが取れなくなっていた所をスルギに助けられた事が有り、以来スルギの「仲良し」を自認している。スルギの薬草畑での作業を手伝うのが楽しいらしい。スルギも順恵に色々な事を教えてやったりしている。そのお蔭で随分字なども覚えたようだ。

 近頃頻繁に母親の所にやって来る実の伯父がスルギを揶揄するのを聞いて、小さな胸を痛めているらしい。母親の張昭容も落ちてくる屋根瓦に気づいたスルギが庇って無事だった、と言う一件が有ったのだが……ろくにスルギに礼も言っていない。どうやら美しすぎるスルギを警戒しているらしい。女だと見破っているかどうかまではわからないが。


「ヨンスは母上も助けてくれた恩人のはずなのに、母上まで伯父上の話を黙って聞いておいでなのです」

「そなたの伯父上は、自分こそがこの国で一番上手いと自負していた隷書を、官位も無いヨンスが余りにも見事に書いたので面目を潰された様に感じているのだろうよ」

「あんな方が私の伯父上なんて、情けなくて嫌です」

「正直言って処罰したいが、そうするとそなたにも類が及ぶからなあ」

「母上や伯父上がヨンスを悪しざまに言うのは、官位が無いからですか?」

「そうだろう」

「科挙で状元になれば、ヨンスも高い位が頂けますか?」

「なるべくそうしたいが、反対が色々有って、なあ」

「ヨンスは立派な人なのに、みんな分からず屋ですね」


 そうだ。皆、分からず屋だ。だが王である私は朝議の席でそう、素直に発言できないのも確かなのだった。

 

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