希望の光・14
「そち達が納得の行く方法で試験をしてくれればよいのだ」
「主上殿下の仰せではありますが、内侍の場合、たとえ殿試まで進んでも、議政府や六曹・三司といった主だった場所での登用は無理でしょう。」
内侍、すなわち宦官に対する偏見は非常に強い。
「さよう。高内官の前例も有りますが、三位の探花及第でも高内官は内侍府以外では用いられませんでした」
内官とは官位を持つ宦官だが、高尚薬の場合、官職本来の位に加えて長年の功績により内侍としては例外的に高い従二品に叙せられている。だが、表での官職にはついた事が無い。
「状元ならば、どうだ?」
「さよう、状元なら……その優秀さの度合いにもよりますが、三司ぐらいは」
「ですが、三司の若い者たちは意気軒昂と言いますか、学識は高くてもスネ者が多いですからな。大王大妃様や大妃様の御殿に出入りしなれているような、あの、線の細い内侍に耐えられますかな」
司憲府・司諫院・弘文館をまとめて三司という言い方をする。これらの部署は特権として、時の政治を自由に批評する事が許されており、所属の官員は合同で国王への上訴を行う事もできる。官員は官位に囚われず学識に富み政治に対しても独自の見識を持ち、科挙で優れた成績を修めた人物を任命する事になっている。一般の国政だけではなく、王や王妃・王族の私生活まで躊躇う事無く批判する場合も珍しくない。彼らに嫌われ憎まれては王妃・王族・外戚であっても命が危ない場合も有るのだ。
「ああ見えても武芸の方も相当の物で、寡人が最初にあれを知ったのは、あれの剣で命を助けられたからなのだ。優しげな外見に似合わず、胆力も有る。今年文科を受けた後、来年は武科も受けさせようなどと思う程だ」
「ほう、さようでしたか。女と見まがう見た目ですが、意外ですな」
私はこの国の最高教育機関である国子監の教官を務める主だった連中を集め、昼食でもてなしながらスルギのための特別な試験をするように依頼した。教官は他の官職と兼任の者が多い。皆歴代の科挙の成績優秀者だ。
「主上殿下がそれほどに肩入れなさいます理由が知りとうございますな。命の恩人に恩返しなさる、と言う訳でも無さそうですが」
「学識がずば抜けており、私利私欲に囚われずこの国の未来を見据えているのだ。あれは。世に出さなければ、まさにこの国の大きな損失であると信じている。まあ、そのあたりもそち達にもよく見て、納得して欲しい」
昼食後も大司憲・林誠哲には少し残ってもらった。数少ないスルギの正体と懐妊を知る人物で、あの「ヤンホ兄さん」の実の叔父だ。スルギの高貴ではあるが少々厄介な血筋についても承知している。
「隠田の件について、最初に建策したのはかの方でしたか?」
「そうだ」
「ふうむ。ですが、三司も様々な不逞の輩に蝕まれておりますからな、危険かもしれません。いっその事……」
「何だ?」
「何か新しく部署を立ち上げられ、あの方をそこの初代の長官となさってはいかがでしょうか? 内侍は偏見だけでなく、王族の私生活に近すぎる故、警戒もされますから、従来の国の機構にはなじみにくいでしょう。あの方が華々しく状元及第あそばしたら、きっと議政府辺りから待ったがかかりますぞ。たとえ非常に優れていても、内侍では登用しかねるとか何とか。そうなりましたら、大いに粘り、ごねられた方が良いでしょうな。そして、官職は諦めるがという条件を付けて、官位はうんと高くなされば宜しいかと」
「議政府は、認めないか」
「あの方の非凡さと本来の御身分を承知していれば別ですが……難しいでしょう。事情を知っていたとしても、不逞の輩からすれば、好き好んで自分たちに不都合な存在は作りたくないでしょうからな」
「そちは『女はすっこめ』と思うているのでは無いのか?」
「失礼ながら後宮の方々は、すっこんで頂きたいです。ですがあの方は、女であって女では無いですからな、ある意味。私も大いに期待しております」
かなり文句を言っていた者もいたようであるが、そこは「王命である」と押切り、スルギのための殿試受験の資格の審査を国子監で行わせた。当然と言えば当然だが、皆、回答の非凡さ見事さに仰天したようだ。
国子監は本当は中国式で、リアルは成均館と言います。トップを状元と言うのも中国式で、本来は壮元になります。